(16)身体強化とは

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 決着がついたにも関わらず、新人君は最後まで文句を言っていた。

 見かねた教育係が青筋を立てながら引っ張っていく姿が目撃されることになったわけだが、他の四人は何も言わずに見送るだった。

 ずっと一緒につるんでいた相方も、さすがに今度ばかりは味方する気にはなれなかったようだ。

 見学者たちの冷めた視線が問題児に集まっているのを見て、ここで口を出すと自分も巻き込まれると自重した結果だろう。

 どんな仕事でも同じことがいえるが、勝手に一人でひっかきまわして良いことなどないのできちんと空気が読めることは評価すべき点だろう。

 もっと早くそうしておけという意見も出てきそうだが、きちんと自分を修正できることも評価の対象になりえる。

 ただしマイナスからようやくプラスに転じた程度なので、まだまだこれから頑張って周囲の評価を変えていくしかない。

 教育係に引っ張って行かれた彼が今後どうなるかは、まだまだ決まっていないとはいえ周囲の評価を覆すのは相当難しくなっている。

 

 そんな新人君を余所に、まだ模擬戦は続いている。

 既に新人組は見学に回っていて、今は先輩たちの戦いぶりを見ていた。

 先ほどの戦いの最中にルーカスが言ったように、レベルの差はあれど誰もが身体強化を使っている。

 もっともそれを意識して使えているのは数えるほどで、ほとんどが偶然に頼るか生まれてからずっと使っている微弱な魔力しか利用できていない。

 

「――身体強化は誰もが使っているものか。そんなこと考えたこともなかったな」

 そう言いながら近づいてきたアルフに、ルーカスは首を傾げながら答えた。

「あれ? 前に言っていたと思っていたな。勝手に言った気になっていただけだったか」

「俺は聞いていないぞ。言われてみれば確かに納得はできるけれど、あまりにも差があり過ぎる気もするな」

「それはそうだろう。要は技術としてきちんと使いこなせているか、そうじゃないかの差だからな。剣は誰でも振り回すことは出来るが、きちんと使いこなせるかどうかは別だろう?」

 ルーカスの言いまわしに、アルフはなるほどと頷いていた。

 

 そもそも筋力がついていないと重い剣はふりまわせないじゃないかという突っ込みは横に置いておくとして、ルーカスの説明はとても分かりやすかった。

 例えばレイピアのような剣であっても、素人から見ればただ真っすぐに突いているだけのように見えて、それを実戦用に使いこなせるようになるためにはかなりの修練が必要になる。

 レイピアに限らずどの武器であっても同じようなことが言えるのは言わずもがな。

 それをレイピアを魔力、剣を扱う技術を身体強化に結び付けて説明をしたことになる。

 言われてみれば納得が出来る説明ではあるが、アルフとしては体に染みついた身体強化という能力をルーカスによってしっかりと言語化されたことになる。

 

「俺は初めて聞いたけれど、それをちゃんと文書化したら論文として認められるんじゃないか?」

「いや、それは無いだろう。既に誰かがどこかで発表しているんじゃないか? ……騎士団とかでも説明されている、よな?」

「どうかな。俺はまだ騎士団クラスに入っていないからわからないな。むしろ論文系はルーカスの方が詳しいんじゃないか?」


 自分で説明をしながらまさかそんなという顔をしているルーカスに、アルフは逆にそう聞き返した。

 ルーカスが戸惑っているのは、明確に説明した書物などに思い当りが無かったからだ。

 

「俺も全部の書物を知っているわけじゃないが、確かにきちんと説明はされていないな。というか、こんな簡単な理屈だからとっくに理論化されていると思っていたな。俺からすれば理論化というのもおこがましいんだが」

「最初に言ったもの勝ちというわけじゃないが、まさかというところで役に立つという見本だな。陸地に戻ったら先生方に話を聞いてもらうか?」

「その前にエルッキに話を聞いてもらってからでも遅くはないだろうさ。それに先生たちに話を聞く前に、行っておかないと駄目なところがあるな」

「先生たちよりも先に行っておかないと駄目なところ……俺には思いつかないんだけれど、どこだ?」

「国王陛下か王子のところだな。一応名目上は支援を貰っている立場だからそっちが先だろう」

「ああ、そっか。ルーカスの場合はそれがあったか。それは無視出来ないな。でもまあ、その前にエルッキに確認か」

「だな。どうせ今すぐに陸地に戻れるわけでもなし。まずはそっちが先だろうさ」


 こんなことを言っているルーカスだが、リチャード国王ならそんな面倒なことはせずとも良いと言いそうだなと考えている。

 ただしルーカス自身はそんなことを考えていても、まずはリチャード国王に報告をすることは決めていた。

 中央の学校の教師がするとは思わないが、ルーカスのような子供が研究成果を出したとしても無理やり取り上げられかねないので、それを防ぐためだ。

 既に国王に報告済みだと言えば、そんな無茶な行動をとるような真似をすることはないという目論見がある。

 それにルーカスが成果を上げることが出来れば、それだけでリチャード国王の評価も上がることになる。

 どちらにとってもメリットはあることなので、先に報告をしておいた方がいいとルーカスは考えていた。

 

 ルーカスとアルフがそんな話をしていると、既に模擬戦の場は新人たちのことは話題にも上がらなくなっていた。

 そもそも模擬戦は、ストレス発散という側面があるにしても、元は自分の戦い方を磨くために行われている。

 戦った後には勝ったもの、負けたものなど関係なく、あの時はどうだった、自分ならどうしていたなど様々なことを話すことになる。

 そういう意味では、ほとんど成果らしい成果を見せることなく終わってしまった新人たちの戦いぶりが話題に上がらなくなることも当然といえた。

 そんな状況になっているで、ルーカスとアルフもこれ以上ここにいても意味がないと判断してそれぞれの仕事に戻った。

 ルーカスが指名されたこと自体がイレギュラーで、もともと模擬戦に参加する予定は無かったので特に何かを言ってくる船乗りもいなかった。

 

 そしてその日の夕食時。アルフとエルッキと同じ場で食事をすることになったルーカスは、さっそく模擬戦時に話していたことを確認してみた。

「――なるほど。言われてみれば確かにと言える内容ではあるな。いいんじゃないか? 王にも相談するのだから、あーだこーだとうるさく言ってくる奴もいないだ……いや、違うか。いたとしても問題はないんじゃないか?」

「こらこらエルッキは一応貴族の一員だろう。こんなところでぶっちゃけていいのか」

「事実なんだからしかたないだろうさ。それにそういう奴に限って、貴族は国の利益を追求するのが本分と本気で勘違いしているからな。本当に言いたいのは国じゃなく自分の、だろうに」

 

 この場にいるのはいつもの三人ということでエルッキのぶっちゃけトークが止まらなかった。

 もっともルーカスやアルフも否定せずに聞いているので同罪なのだが、他に聞いている人がいないので特に問題は無い。

 

 とにかくこの話し合いでルーカスが国王に身体強化についての話を持って行くことは決定した。

 実のところルーカスには前世の記憶で大学卒業用の論文を書いていたことも残っているので、それらしいものは作り上げる自信もある。

 今回の遠征ではルーカス自身はあまりやることは無かったのだが、これで帰るまでの間忙しくなることは確定するのであった。




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m(__)m

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