第5章

(1)いつもと違う二人

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 中央の学校の前期長期休暇は、全部で三か月ほどある。

 後期も合わせると半年(六か月)ほどもあり、ルーカスの持っている記憶では信じられないほどの日数になる。

 ただし島国とはいえ交通機関がさほど発達しているわけでもないので、遠方から来ている生徒のためにはそれくらい日数に余裕を持たせるのは普通という感覚だ。

 それだけではなくそもそもの講義数が少ないということもあって、長い休み期間が二回あっても問題は無いのだろう。

 そしてこの長期休暇は、大人たちの社交が行われる期間と重なっているということもある。

 大人の社交に合わせて子供同士の交流が行われることもあり、敢えて休みとしているということになる。

 社交自体を重要課題の一つとしている中央の学校としては、大人の社交に合わせて長期休暇を入れることは当たり前の対応だった。

 結果として平民の子供にとっては社交とは関係のない休みが与えられて、それぞれが独自にやりたいことをやるようになっている。

 

 そうした諸々の事情を加味した結果。ルーカスは学校に入るための普段通り船に乗ることになり、アルフやエルッキもそれについて来るということになった。

 カイルも着いて来たそうにしていたが、公爵家の跡取りであり王女の婚約者という立場の彼が社交界をさぼれるはずもなく、泣く泣く諦めている。

 アルフやエルッキは二人揃って親の了承を貰っているので、問題なくルーカスと同じ船に乗って実習を積むことになっている。

 浮遊船はルーカスの知る海の上に浮かぶ船ほど危険な乗り物ではないが、それでも自然現象には敵わないこともあるのでいざという時があった場合のことはきちんと了承を貰っていた。

 

 そんなわけで長期休暇が始まってから数日経ったある日の朝。

 いよいよ浮遊船に乗っての冒険の始まりということで、アルフやエルッキがルーカスの家に訪問してきた。


「「おはようございます!! これからよろしくお願いします!」」

「ん? おお。随分と元気だな。若者はそうでないと駄目だからいい感じだな」

「……何をらしいことを言って威厳を出そうとしているんだよ、親父。今更無駄だろう。既に何回か会っているんだし」

「お前な。少しぐらいは格好つけさせろ。それに、船に乗ったら他に新人もいるんだから立場というものがあるだろう?」

「なんだ。結局、被ることになったのか」

「アルフやエルッキは、お前付きになっているから立場は微妙に違うがな。どうせだったら始める期間は合わせた方がいいだろうと思ってな」


 一応平民枠になっているアルフはともかくとして、エルッキは貴族の子供なので他の新人たちと同列になるわけではない。

 そういう体裁を整えるために、ルーカスのお付きということになっている。

 二人へのその扱いが他の新人たちにどういう影響を与えるのかは分からないので、不安はある。

 ただしルーカスやエルモは、別の意味で新人たちの訓練にもなると考えている。

 

「確かに。俺たち探索者は自由人とはいえ権力と全く無関係とはいかないからな。エルッキの存在はちょうどいいと言えばちょうどいいか」

「おう。探索者の船にだって貴族が乗ることはあるからな。馬鹿な真似をしないように訓練するにはちょうどいいだろう? お前がいるんだしな」

「俺に押し付けるつもりかよ。アルフやエルッキだって、ずっと俺について回るというわけじゃないんだからな」

「そこはきちんと他の奴らに言い聞かせているさ。お前らが気を付けるのは、陰で色々とされないかということだけだ。そういう意味ではルーカス、お前のほうが心配といえば心配だぞ?」

「俺は慣れているからどうとでもなるさ。親父もそこは心配していないだろう?」

 

 あっさりとそう答えたルーカスに、エルモもすぐに「まあな」と返してきた。

 そもそもルーカスは、ほとんど言葉通りの意味で『生まれた時から』船に乗ってきている。

 ルーカスが身に着けている操船の技術は、船に乗ったばかりの新人に太刀打ちできるようなものではない――どころでは済まない腕がある。

 

「まあ、お前のことはいいか。それよりも、二人は前も言った通り特別扱いされないことは良いんだな?」

「「はい!」」


 二人揃ってそう答えを返して、さらにエルッキが続けて言った。


「ワイはそもそも船大工志望です。今更貴族がどうのと通用する世界ではないことは理解しています」

「確かにそうだな。だからこそ受け入れたというところもあるんだが、問題はやっぱり新人共になるか」

「親父。今から心配しても仕方ないだろう? いつまでここにいるつもりだ?」

「ハア。それもそうか。――とりあえず船に向かうか」


 敢えて狙ったところもあるとはいえ、エルモは先行きが不安になってきていた。

 とはいえ先延ばしするわけにもいかないので、諦めて港に向かって歩き始めた。

 

 そしてルーカスもそれを追うようにして歩き始めたが、二人の会話を聞いていたアルフとエルッキは一瞬だけ顔を見合わせていた。

 二人とも生まれが生まれなので同年代の子からやっかみなどを受けることは、ほとんど無かったのでこれから起こることは想像の範囲内でしか分からない。

 言葉で責められるようなことは言われた経験があるので流すことは出来るとしても、逃げることが難しい狭い船内で言われるとなるとまた話は変わって来る。

 

『疾風のごとく』にはマリーナを年間契約できるくらいの資金力があるので、いつも決まった場所に停めることができるようになっている。

 さらにエルモの船は『疾風のごとく』の旗艦という位置づけになるので、見る人が見れば誰の船か分かるようになっていた。

 そのためエルモが港に姿を見せると、一部の人たちから注目されるようなことになっていた。

 エルモが運営している『疾風のごとく』は、一般人も名前を知っているくらいに有名でその団長ともなると一部からは英雄のような扱いをされることもあるくらいなのだ。

 

 ルーカスはそのことに慣れているのでスルーしていたが、アルフとエルッキはどことなく居心地が悪そうな顔をして着いて来ている。

 二人ともいつもとは違った意味で向けられる慣れない視線に、緊張とは違う不思議な感覚を覚えていた。

 

 ルーカスはそんな二人の様子に気付きながらも、敢えて放置をしている。

 これから先二人が『疾風のごとく』とどういう関わりを持つことになるかは分からないが、一般市民からどう思われているのかを知るのにはいい機会だと考えているからだ。

 もっとも一応平民枠に入るアルフは、勲章持ちのエルモがどういう扱いを受けているかはある程度想像できている。

 それでもこれほどまでのものかという驚きがあるので、エルッキと似たような反応をしていた。

 

「……なあなあ、ルーカス。お前の親父さんってすごいんだな」

「あ~。まあな。貴族とはまた違った注目のされ方をしているだろう? エルッキも慣れる……必要はないかも知れないが、こういうこともあると覚えておけばいいんじゃないか」

「ルーカスは慣れているんだなあ。――ってことはこれが当たり前ってことか。それを知れただけでも十分来た意味はあるな」

「さすがにそれだけだと俺が困る。折角場を整えたんだから、実務も出来るようになってくれないとな」


 ルーカスが冗談交じりにそう言うと、エルッキも「分かっているよ」と笑いながら返してきた。

 それを見て、いつもと違った雰囲気に固くなっていたエルッキがこれで多少いつも通りになってくれることを期待するルーカスであった。




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