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Nora
01話
「
「……何時だ?」
「一応まだ六時を過ぎたところだな、俺はもう行くから起きておけよ」
「さんきゅー、気をつけろよ」
早くても家事をやってくれる父がいるからこんなに早起きをしておく必要はない、が、家から学校が遠いから早い時間に起こしてもらうようにしていた。
一階に移動して必要なことをしてとりあえずソファに座ってぼうっとするのが日課だ、そうしてやっとある程度のところで眠気が取れるというものだった。
「あ、お前も起きたのか」
俺以上に寝てばかりいる猫の相棒が起きてきた、ただ、飯の時間のとき以外はこっちには来ないから塩対応だったりもする。
父にはトイレのときにすら付いて行くぐらいの存在だが、その差に寂しくなったりはしていなかった。
どう行動しようと自由だからな、無理やり仲良くしようとしたところで逆効果になるだけだから求めたりはしない。
「な~」
「ん? 珍しいな、どうした?」
父は本当に全部忘れずにやっていくから飯がないとか水がないとかそういうことにはならない、だから近づいてきている理由が分からなかった。
人間と一緒でなにもしていないのに急に心を開くなんてこともないだろうし、とりあえずなにを求めているのかを待って確認してみることにした。
だが、俺の足の上で丸まっただけで答えを知ることはできなかった形になる。
「風邪か? でも、猫の場合はどうすればいいのか分からないぞ」
なにもかも任せっきりだからな、こういうときのために勉強をしておかなければならないのかもしれない。
とにかく触れないようにして次にどう行動するのかと黙って待っていたら時間が危うくなってきたから優しくソファに移動させてから着替えて外に出た。
「晴樹、おはよっ」
「なあ、猫が風邪を引いた場合ってどうしてやるのが一番なんだ?」
学校がないときなら人間が相手のときみたいに側にいてやるのが一番なのだろうか? それとも敢えて離れることが正解なのだろうか。
「え? って、スマホという便利な道具があるんだからそれで調べなよ」
彼女、犬丸
ちなみに名字と関係しているわけではないが犬派だ、それでも動物を飼っているわけだから参考にさせてもらいたかったのだが……教えてもらえなさそうな雰囲気が漂っている。
「スマホか、無理やり持たされているが目が疲れるから好きじゃないんだよな……」
パソコンもあるにはあるが文字を打つのも一苦労だからあまり好きにはなれない。
「って、大丈夫なの?」
「普段全く興味を示さないのに俺の足の上で休んできたんだ、やばいだろ?」
「なんだ懐いていたら普通のことをしているだけじゃん、晴樹ってちょっと変なところがあるよねー」
いやいや、実際に一緒に暮らしてみれば分かる、ここで無理やり例えるならいつも一人で読書ばかりをしている女子が急に話しかけてきたようなものなのだ。
ただ、何故か初対面のときからやたらと甘えられているのが彼女だから一生分かることはないわけで、これを続けても延々平行線になるだけだ。
「イザベラちゃんに今度また会いに行くね」
「今日でもいいんだぞ?」
「えぇ、だって晴樹の家って遠いからさぁ」
ぐっ、本当のところは家の遠さなどは関係なくてただ単純に興味がないだけなのではないかという考えになってしまっている。
俺から行くから遊ぼうと行ったときも「友達と約束があるから」とか「申し訳ないからいいよ」などと言われて躱されていたらそれこそ今回のことと似たような考えになってしまうというものだった。
だが、その割には毎朝元気良く話しかけてくるし、休み時間なんかにも来るから分からない。
これだったらまだイザベラのように一貫して来ない方がマシというものだった、まあ、今回は来たわけだが……・
それとこの名前は父が海外ドラマを見ていたときに出てきた登場人物の名前をそのまま使っている、だからよく考えられてつけられた名前というわけではない。
「おはようございます」
「あっ、ちょっと友達と話してくるねっ」
彼女はいつもこうだ、俺の友達が来ると急に離れていく。
ここで気になってしまうのは離れることではなくいちいち下手くそな演技を見せてからそうすることだ、露骨になにかがありますよと言ってしまっているようなものだろう。
「犬丸さんはいつもどこかに行ってしまいますね、別になにかをするわけでもないのに少し気になります」
「はは、そういう顔をするのは珍しいな」
「晴樹さんもお友達ならちゃんと止めてください」
「まあまあ、
「少なくとも逃げることはしませんけどね」
顔が怖くなってきたからこの話はここまでにしておこう。
現実逃避と言われようが細かいことからは目を逸らして過ごすのが楽な生き方だと言えた。
「んー」
実際、真乃から逃げる理由はなんなのだろうか。
いや、俺が係の仕事や委員会仲間と会話しているときは「なんの話ー?」なんて聞きながら普通に近づいてくるからよく分からなくなるのだ。
積極的に他者といようとする存在だし、真乃が意地悪い存在というわけでもないから難しくなっていく。
「晴樹、イザベラちゃんにやっぱり会いに行くよ」
「そうか、それなら頼む」
真乃は放課後になったらすぐに帰るタイプだから気にする必要がないのはいいが、こういう時間にこそ話し合いをさせてなんとかしたい派の俺としてはどうしようもなくなる。
「風邪じゃないだろうけどもしかしたらって可能性もあるからね、途中から心配になっちゃったんだよね~」
「悪いな」
「いいよ、私はただで猫ちゃんに触れるわけだからお得だしね」
野良猫はいても逃げられる可能性は高いし、あまりこう言いたくはないが奇麗かどうかも分からないからそうなるか。
「ねえ晴樹、深津さんのことだけどさ」
「おう」
自分から出してくるなんて珍しい、ただ、ここで珍しいななんて反応をしてしまったら駄目になる、あくまで自然でいつも通りを意識するべきだ。
できているつもりになっているだけの可能性は高いものの、このやり方でこれまで特に問題もなくやれてきたわけだから貫くつもりでいる。
「えっと、あー、いや、やっぱりいいや」
「なんだよ言えよ」
「ううん、いいよ」
こういうのが一番最悪だよ、本人も相手をしている俺ももやっとする終わり方だ。
でも、真乃についてなにか言いたいことがあるというのは分かった、これは一ミリぐらいだけだったとしても進展したと言えるのではないだろうか。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
時間がかかるのもあって家に着いた頃には普通に戻った彼女、そして彼女のことを気に入っているイザベラが自分から近づいてきた。
「んー、普通だね」
「じゃあ風邪じゃないか、それならよかったよ」
「ご飯もちゃんと食べているみたいだから大丈夫だよ、はい」
「いい、早穂のことが好きだから相手をしてやってくれ」
「分かった」
朝は早いが帰宅時間も早いため、ゆっくりしている内に父が帰ってきて早穂と楽しそうに会話をしていた。
いつものように飯を作りながら上手く会話もして器用だなと言いたくなる。
「じゃ、早穂ちゃんを送ってくるわ」
「おーう」
遊びに来たときは絶対に父が送っていく、翌日になれば「晴樹のお父さんが羨ましいなぁ」という感想が聞ける。
一人だから付き合えばいいのではないだろうかなんて冗談を言ったとき「それもいいかもっ」なんて冗談で返してくれたな。
「またか、今日はどうしたんだ?」
鳴くのだって面倒くさがるぐらいなのによく分からない存在だ。
「ただいまー」
「にゃー」
この差に笑える、帰ってきた瞬間に自分から迎えに行くとか好きすぎるだろ。
飯はちゃんとあるからその要求でもない、つまり完全に構ってほしくて近づいているわけだ。
父はわしゃわしゃと彼女を撫で、どういう感情なのかは分からないがなすがままとなっている。
「晴樹、お前ちゃんと最後まで付き合えよ、連れてきたんなら尚更のことだ」
「早穂は求めていないからな、イザベラみたいなもんだ」
俺と遊ぶために来たわけではないのだから気にする必要はない、そういうのはいまみたいに本命がすればいい。
そもそも俺にそんなことを求めているのであれば付いてきてほしいと言ってきている、言われていないということはつまりそういうことだ。
「迷惑をかけたくなくて言っていないだけかもしれないだろ? 早穂ちゃんだってなんでもかんでも言えるわけじゃないだろ」
「あの早穂がそんな我慢をするかよ」
「はぁ、失ってから早穂ちゃんのありがたさに気づきそうだな」
そんな物じゃないんだからさと言おうとする前に風呂に入るために出て行ってしまった。
飯を作っておきながら先に食べないのは何故なのか、こちらは早めがいいなんて拘りもないからここがずれていく。
俺のための可能性も高いがいつも合わせて食べているため風呂に入ってからでは面倒くさいから、ということで終わらせよう。
「なにかりかり引っ掻いてんだ?」
いつもは触れないようにしているが今日はいつもと違うから持ち上げてみると特に暴れたりはしなくて安心できた。
「イザベラにしているみたいに女の子と接していたら消えちまうぞ」
「べたべた触れたり話しかけたりはしていないということだろ? 嫌われる要素がなくないか?」
「いや、なにもしなさすぎなのもそれはそれで問題だろ」
「別に俺らは彼氏彼女の仲ってわけじゃないからな、ほら、イザベラの相手をしてやってくれ」
ささっと食べてささっと休むことにした。
イザベラも早穂も真乃も同じで、分かりやすく表に出してくれるからそれに合った行動をしているだけでしかなかった。
「今日はこれぐらいにしておきましょうか、もう暗いですからね」
「終わったー、真乃はテストの相当前から頑張りすぎだろー……」
「赤点を取って助けてくれと泣きついてきたのは晴樹さんですよ? これぐらいで文句を言わないでください」
「いやいや、もう十九時だからな? 十六時頃に学校が終わったはずなんだが……」
何度も言うが十九時だ、本来なら食事も入浴も終えてゆっくりしている時間だ、露骨に父に媚びているイザベラを見つつ、あそこまで相手によって態度は変えられねえななんて内で呟く時間なのだ。
でも、現在の場所は教室で、これから暗い中帰らなければならないことになる。
世話になっているから送りはするが、その後は一人って寂しすぎるだろ、と。
「文句を言わないでください」
「ま、まあ、今日もありがとな」
これでも一応考えてくれていて週に二回ぐらいしか開催されていなかった、だからああして普通に帰れるときがあるということになる。
とはいえ、テストが離れているときに頑張るというのは中々できることではない、俺の場合はモチベーションが上がらないから正直非効率だ。
「あの、本屋さんに行きたいんですけど……大丈夫ですか?」
「こうして世話になっているんだから俺に対しては付いてこいぐらいでいいんだよ、真乃はそういうところがまだまだだな」
「ある程度の仲でもお願いごとをするときはずっとこれですよ」
「はは、まあ行こうぜ」
それこそ早穂と一緒にいることができたらここらへんがいい方へ傾くはずなのだが、残念ながらいつまで経っても逃げてばかりだからどうしようもない。
一緒に過ごしたくないのに無理やり過ごさせようとするのも違うし、こればかりはなにかが起きてくれないと無理だ。
救いなのは真乃の方は拒絶しているわけではないということだろう、だから早穂がその気になればいくらでも――やめよう。
「あっ、もしかして本屋に行く理由、参考書を買うためにとかじゃないよなっ?」
「違いますよ、単純に読書のための本が欲しかっただけです」
「そうか、なら安心だっ」
この前の早穂と同じで滅茶苦茶微妙そうな顔をしていた、それだけではなく「なんでそこでそんな顔をするんですか」と。
「いらっしゃいませー」
「晴樹さんは好きなところを見ていていいですよ」
「別にいいよ、わざわざ別行動をする必要もないだろ」
「いえ、違うところを見ていてください、それじゃあ行ってきます」
な、なんで俺といてくれている異性はいつもこうなのだろうか、積極的に別行動をしたがるし、こっちがいいよと言っていてもまるで聞いてくれない。
しかもその割には毎日近づいてくるから困るのだ、徹底してくれていないからこちらも徹底することができないでいる。
そもそも俺の方から切るようなことはしないというのもある、だが、こういうことが積み重なるとなぁ……。
「お待たせしました」
「ああ、帰るか」
「はい」
暇つぶしのためならわざわざ俺となんかいない、他の人間といた方が仮にそのためであったとしても楽しめる。
なにを求められているのかがはっきりしないとそれに応えてやることもできないからこの際聞いてしまおうか。
あ、ただ真乃の場合は真顔になると早穂なんか比べ物にならないぐらいには怖くなるからまずは早穂に、ということにしようと決めた。
「着いたな、じゃあ風邪を引かないように――」
「晴樹さん、今度からは一人でやるかお友達を自分で誘ってください」
なるほど、自分の都合が悪くなったときだけ頼ろうとするから二人ともこんな感じなのか。
普通のことをしていただけだ、でも、俺の中にあった普通とは違かったから気になってしまっていただけの話だった。
つまり俺が諦めるか変えるかをすればどうとでもなるということでもある。
「一応聞いておくが、面倒くさかったのか?」
「そういうわけではありません、私なんかが教えるのは微妙だと気づいたんです」
「別に気にしなくても――」
「犬丸さんに頼んでください、それでは」
だが、いちいち他人のことを出さずに自分が嫌だからとはっきり言ってもらえた方がマシだな。
その方が納得できる、複雑さが強くても頑張ることでなんとかできてしまう。
「帰るか」
家に着いたら今日はもうやりたくないと思っていたはずの勉強をしていた、赤点を取りたくないとかではなくてこれだけがとりあえずいまの微妙さをなんとかできると思った。
父がいるところではやってこなかったから「どうした?」と俺がイザベラに聞いたときみたいな反応をしていたものの、前々からやっておけば後の自分が楽をできると返しておいた。
「早速なにかあったのか? まあ、イザベラを残していってやるから暴れたりしてくれるなよ」
確かに父からしたら珍しいかもしれないがそれにしたって暴れてくれたりするなよなんて発言はあんまりだ。
それとこのイザベラさん、やはりこの前から父にばかり甘えるわけではなくなっている。
もちろん露骨に差はあるものの、これまでと比べたら遥かに違うその結果になんと言えばいいのか分からなくなった。
「なるほどな」
「なんか急に変わったんだ」
「勘違いかと思ったがそうみたいだな、ま、これまでがおかしかっただけだしな」
「連れて行ってやってくれ、イザベラも父さんといられた方が喜ぶだろ」
「そう見えるか?」
人間関係のように難しい、ごちゃごちゃ悩むぐらいだったらいまは一人でいられた方がいい。
家で休めなかったら馬鹿らしいだろう、あっちにも時間が必要なように俺にも必要というだけのことだった。
「休んでいるからやめておくよ」
「そうかい」
くそ、しかしなんで彼女達の頭は撫でたくなるような形をしているのだろうか、無警戒にこちらに見せてくるものだからついつい大人しくしているのをいいことに触れたくなってしまう。
だが、言ってしまえばこの前の抱き上げもこれまでの俺からしたらルール違反をしていることになるわけで、たかだか触れるという行為でもすることはできない。
「で? 早穂ちゃんと喧嘩でもしたのか?」
「いや、喧嘩じゃないし早穂じゃない、真乃だよ」
「まの……ああ、あのあんまり喋らない子か、相手の地雷を踏みまくるお前が想像できるよ」
地雷をこの身一つで片付けられるのであれば元戦地なんかでは役立つな――じゃねえんだよ、なにもしていないのに無駄に言葉で刺されすぎだ。
でも、不満が溜まったからこその要求で、存在しているだけで相手のそういうのを溜めてしまう人間なのだろう。
「ちゃんと食べておけ、そういうときは食べればなんとかなる」
「ああ、いつもありがとう」
「うわ、寒くなってきたから寝るわ……」
俺も早く食べて風呂に入って寝よう。
勉強で疲れた、やはりテストが離れているとあまり意味がなかった。
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