ジェレマイア奮闘記
森メメ
Prologue
胸に抱かれて
身体の中心で脈打つ鼓動の音しか聞こえない。
胸の中に住むもうひとりの小さな自分が大慌てで打楽器を打ち鳴らし始めたようだ。
(トゥンク……)
そう、僕は今ときめいている。それはまるで、幼い頃に初めて両手いっぱいの水晶を手にした時のように。
僕の身体を両手で抱えるのは、双子の妹ソフィーリスの護衛騎士アメリア。
まとめ上げられた淡い水色の髪が少し乱れて、僅かに汗ばんだ頬に張り付いている。
引き結ばれた薄桃色の形の良い唇が浅く開いて、息を整える音が微かに聞こえてくる。口から漏れた吐息は、春の花畑を包むそよ風のように清らかだった。
(彼女は神が創り賜いし生ける芸術なのか?)
落ち着けジェレマイア・アーデルヘルン。お前は由緒正しいアーデルヘルン家の次期当主。お前は人を外見だけで判断するような男ではない。目を覚ませ。
縮こまったまま目をかっぴらいた僕は、彼女の細いながらも逞しくしなやかな腕にすっぽりとおさまって頬を赤く染めていた。
淡い水色の長い睫毛に縁取られたその瞳は、絵で見る南部の海のように神秘的で、一瞬で惹き込まれてしまう。穴が開くほど見つめていたことに気付かれたのか、美しい海と視線が交差する。
「気が付かれたのですね、ジェレマイア様」
無表情だった彼女の口角が、ほっとしたのか僅かばかり緩んだ気がして、それがまた美しく、急激に顔に熱が集まるのが自分でも分かった。
目がチカチカした次の瞬間には視界は暗転していた。
アーデルヘルン家の名誉にかけて言うが、僕は決して気を失った訳ではない。女神の胸に抱かれて安らかな眠りについただけなのだ。
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