第12話坂本凪の悪夢3

 恋の苦しみを知りながらも、今思えば幸せすぎた大学生活から一転、俺の毎日は真っ黒になった。大学の講義が無い時間は文高に把握されていて、それに合わせて呼び出しをされる。講義だけは出させてくれと必死に頼んだ結果の譲歩だから、まだましなのかもしれないが。


 文高に呼び出されてしていることと言えば、あいつの皮肉に耐えながら、あいつの家の家事をすること。仕事が終わるまで帰れないから、それまでずっと高校時代みたいに心を抉る言葉たちに晒される。家事自体は家にいたころも文高には一切させないで、俺に振り分けられた仕事だったからこなしていたし、一人暮らしでもしていたから、そこまでつらい作業じゃないけど、まるで奴隷のようで気が塞ぐ。


 それでも逃げ出せない理由が俺にはあった。




「辻さん、兄貴に恋愛感情持たれてるって知ったらどう思うかな」


 文高と大学で会ってしまった日、あいつはそう俺に囁いた。


「辻さんと俺は接点あるわけだし、いつでもバラせる」


 笑ってそういう文高は、本当に辻に俺が隠した恋心を告げてしまいそうだった。そういうことを造作もなくする奴だと、何より俺がよく知っていた。


「それにさ、兄貴の大学とうちの大学近いからさ、こっちにも俺結構知り合いいるんだよね。噂まわったらどうなるだろうね。坂本って辻のこと好きらしいよって」


 顔が青ざめる。俺が家を出て築き上げてきたものすべてが壊れてしまう。辻や野田たちとの友情も、安らげる場所も失ってしまう。


「賢い兄貴ならわかるだろ?どうするのが賢明か」


 文高が出してきた条件は、ただひとつ。


 文高の言いなりになること。


 辻と仲良くするなとは言われなかったが、講義と勉強、それから文高に割いた時間の残りで、なんとかバイトをしているような状況で、辻に限らず同じ学部の友人たちとも、講義のときくらいしか、コンタクトがとれなかった。


 ・・・それに、文高にばれるような恋心を抱いたまま、辻に会うのは怖かった。俺が隠した恋心が滲み出てしまうんじゃないかって。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る