第8話坂本凪と辻晴香の友情

それから後も、俺と辻はよく遊んだ。学部も違えば、サークルだって違う、それなのにこんなに親密になるものだ、と自分自身で感心してしまう。俺が辻との距離を詰めるのを怖がって、近づくことを躊躇している間に、彼は恐ろしいほどの身軽さで、予定を決め、俺を連れ出す。出不精で人が多いところが苦手な俺は、野田や斉藤、小西たちともこんな風に遊んだことはないのに、なんだか不思議な感じがした。


 その日も、俺と辻は夕飯を食いに行っていた。俺と辻が出かける場所は、たいてい辻のおすすめや発案で行くのだが、この店は俺がすすめた。普通の定食屋だが、ボリュームもあって、メニューは豊富だし、腹をすかせた男子大学生の欲望を手軽に満たしてくれる良い店だった。確か最初は斉藤に教えられた気がする。この店で、辻はとんかつ定食を、俺はチキン南蛮定食を頼んだ。


「うわ、まじでうっまいね」


 とんかつを一口食べた後に、辻が目を少し見開いて言った。自分が連れて行った店でそういう反応をされると素直にうれしい。いままで固まっていた表情筋が、最近辻の前ではよく動くようになっていることは自覚しているし、きっと今、変な顔で照れているのだろう。あくまで当社比だから、他人から見たらただの平凡不愛想顔だとは思うけど。


「坂本はよく、来るの?」


「ん、学部の友だちとかと、たまに」


「へー、大学の近くにこんないい店があるって知らなかった。また来たい。メニューたくさんあるから、いろいろ試したいし」


 にこにこした顔で辻が言う言葉に、俺は「またがあるんだ」と胸をドキドキさせていた。


 辻は俺とどこかに遊びに行くたびに、「また来ようね」とか「また来たいな」なんて言う。きっと、女の子と一緒にいるときも言ってるんだろうってわかってるけど、その言葉につい、縋りたくなってしまう。


「そうだな」


 複雑に混ざり合った感情を抑えて、俺はただひとつ言葉をこぼした。


 それから後は、ただの世間話を続ける。


「あー、そういうえばバイト先に新人入ったんだよね」


「へぇ、カフェだよな、辻のバイト先」


「そうそう、大学の最寄り駅の隣ね。そっちが俺の地元なんだよね。家からも行けるし、学校帰りでも絶対通るとこだから、便利」


 きっと辻のバイト姿を見ようと、女子がたくさん来てるんだろうな、なんて想像してしまう。女々しすぎて、自分が情けない。


「新人男だから、いままで男手が俺と店長だけだったから、力仕事の負担減るの期待してる」


「飲食って結構力いるよな」


「いや、図書館のほうが大変そうだけど」


 辻に指摘されて、確かにな、とも思う。バイトを始める前は、運動もしてなかったし、ほとんど筋肉がついてなかったけど、今は貧相には変わりないにしても、腕なんかは筋肉がついている。


「あ、そういえばさ、坂本、俺のバイト先に来てくれたことないよね」


「あー、そうだな」


「サービスするしさ、来てよ。今度の水曜とかどう?午後まるまる空いてるだろ」


 お互いのスケジュールもなんとなくわかるようになってしまっているから、授業という言い訳は塞がれてしまった。正直、辻のバイト姿は見たさと見たく無さが半々でせめぎ合っている。見に行きたいんだけど、そこで女子に囲まれてる辻を見てしまったら、なんとなくしんどくなる予感がしている。


 前はこんなに強欲じゃなかったのに。優しさや親愛を与えられて、どんどん求めてしまっている。


「水曜か・・・考えとく・・・」


「楽しみにしてるからね。もちろん、無理はしなくていいけど」


 辻の笑顔がまぶしくて、でも目をそらせずに、俺も小さく微笑んでおいた。




 会うたびに、仲良くなっていっていることを、実感してる。近づくたびに、苦しくて、でも好きで、地獄と天国をいっぺんに与えられている。


 ただ最近は、辻と過ごす友だちとしての二人の時間や空間に心地よさも感じていた。辻は人に無理強いしない。でも、強引に働きかけられないと行動できない俺の事をよく理解して、誘うときなんかは、わざと退路を塞いできたり、強制したりする。それで実際遊びに行くと、俺が負担に思ってないか、無理してないかをこまめに確認してくる。


 幸せだった。こんなに幸せなら、もうずっと友だちでいよう。


 もとからこの恋心を曝け出すつもりなんて、ほんの少しもなかったけど、俺はもっとさらに頑丈に恋を叫ぶ心に鎖をかけた。

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