第3話坂本凪の恋のはじまり
なぜ俺が辻みたいな恋をした時点で失恋確定みたいな奴に恋をしたのか、もしも俺がコイバナをしたとしたら、不思議に思うやつがいるだろう。俺だって、他の奴が「辻に恋してる」とか言い出したら、疑問に思うだろう。
辻は確かに、人を惹きつける魅力のある奴だ。でも、地味な俺と人気者の辻、接点がほとんどない。それなのに俺が彼に恋した理由、それは俺が大学に入学したばかりの一年生のときに遡る。
大学に入学すると、新入生を待ち受ける洗礼は、先輩によるサークルの新入生勧誘だった。他の大学でもそうなのかは知らないが、俺の通う大学ではそうだった。うちの大学で特別勧誘が激しいとは聞かないから、きっとどこの大学でも似たようなものなのかもしれない。普通なら、苦笑いでみんなやり過ごすそれを、俺は上手く捌ききれず、いくつかのサークルの新歓コンパに参加させられていた。俺は断りきれなかった自分を恨みつつ、サークルのメンバーを確定させた後にやる確定新歓ではなく、新入生に飲食物を振る舞って、サークルに入れてやろうとする新歓だったため、まぁ夕飯代わりに参加してひたすら食べていようと思いながら、大学生が好みそうな居酒屋に入店した。
大学入学時だから、もちろん未成年だったのだが、そんなことは先輩たちには関係なかったらしく、勝手にアルコールをテーブルに置かれ、飲まざるを得ない空気にされた。今思えばそれが今の苦しい恋に繋がる序章だったのだ。
初めてのアルコールに酔い切った俺は、普段なら絶対関わりを持ったりしないのに、その時に限って辻の隣に座って、会話までしてしまった。
「辻はこのサークル入る?」
「うーん、大きな声じゃ言えないけど入らないかな」
「俺もー。でも人気者も大変だよな。辻晴香って同期で一番の有名人だし」
俺はいつもじゃありえないくらい饒舌になっていて、ゆらゆら揺れるような酔いっぷりだったけど、彼はそうでもなさそうで、俺の絡むような話し方にも、微笑みを浮かべて答えていた。
「ていうか俺の名前知ってくれてるんだね」
「知らない奴のが少ないだろ!!」
「じゃあ、そっちの名前も教えてよ」
辻みたいなタイプの奴が、俺の名前を聞くなんて意味がわからなかったけど、社交辞令だろうと思って「坂本凪」と端的に述べたことを覚えている。そんな自己紹介のあとも、俺はしこたま飲酒を続け、それに付き合って辻も飲んでいたみたいだけど、彼は酔っぱらった風ではなかった。
「へぇ、じゃあ坂本は一人暮らしなんだ」
「うん、結構大学に近いとこに住んでる」
「坂本、偉いね」
あのとき、辻がきっと何も意識せず、何気なく放った言葉が俺の恋を作ったのだ。
「えらいー?そうかー?」
「偉いよ。生活費のためにバイトもしてるんだろ?自分で自分の生活ちゃんとさせて生きるって意外と大変だよな。自信持っていいよ」
一回みんなしてみればいい。極上の人間に自分を肯定されてみる体験を。あの瞬間、おれは恋に落ちたのだ。
不純な動機かもしれない。辻本人のことは何も見ていない恋かもしれない。でも彼は、無条件な肯定を俺にくれた初めての人だったのだ。
そのあとはずっと今と同じ。遠くから辻を見つめて、そのたびに辻の優しさやすごさを知って好きになる。この新歓のあとは辻と直接話すよな機会はまったくなかったけど、掴まれた心は、まだ彼から離れようとしないのだ。
これが俺の恋のはじまり。
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