1. 死にそうになったんだよ
もう駄目だと思った。事ここに至れば、もう自分は死ぬしかない。
白亜の地層が時折顔を出す、人気のない林間。油断が無かったとは言えない。電動モーターサイクルのバッテリーが殆ど尽きようとしていた、そんな折の焦りもあった。
でも、こんなところに竜が出没するとは、思ってもいなかったのだ。それも、大小合わせて3頭。
竜種は非常に多岐にわたる動物だが、その全てにいくつかの共通点をもつ。
ヒトよりも強いこと。そして賢いことだ。
付かず離れず連携して執拗にポルカルッタを追い回し、焦って無用なアクセルワークを繰り返させてバッテリー切れを狙っていたに違いない。モーターサイクルを捨てて走り出せば、3頭はみるみると距離を詰めてきた。
後ろの二足で跳ねるように走り回り、鋭い鈎爪をもつ前足を胸の前に掲げるように畳んでいる。腕の下からは膜状の翼が見え隠れしていた。上昇気流を利用して滑空し、宙を舞う種なのだろう。
小振りの2頭が左右から距離を詰め、一際大きな1頭が後ろに控えている。
必死に走って逃げたが、元来がさほど体力のある
立ち上がろうにも、もう竜はすぐそこだ。ただ尻を地面から浮かせて、後ろ手に這いずる様に後退るのが精一杯だった。手前の1頭がぱかりと開けた口の中に並ぶ牙の鋭さすらが詳らかな距離で、酸欠に喘ぎながらポルカルッタは死を覚悟した。
だから、そこから先は彼にとって、ひたすらに現実感のないものだったのだ。
まず、近い方の一頭が突然大きく首を傾げ首から赤い血が勢いよく迸った。ドサリとその場に崩れ落ちる。
頸!?
死んだ!?
一体何が?
後で状況を整理してようやく分かったことだが、それは槍だった。彼の身長ほどもある長大な槍が竜の頸椎ごと頸を半ばまで切断し、その向こうにあった白樺の木に深々と刃を突き立てていた。
次いで音。ザザザと茂みを掻き分け、素早く何かが駆け寄ってくる。
人?
獣?
だれ?
その最後の一歩の踏み切りに一際大きな音を立て、身を躍らせるように現れたのが彼女だった。これも、最初は女とすら分からなかった。ただ大きな人影が林から飛び出すようにやってきたとしか。
その人影は巨体が嘘と思えるほど素早く踏み込み、両手に持つ何かを大きく横に振るった。刀だ。これも、恐ろしく長い。すぐそばまで迫っていたもう一頭の頸が、女の肩の高さで真横に切り飛ばされた。
音を立てて膝をつき、倒れる竜。それを一瞥すらせず、ポルカルッタを背中に庇う様に立ち、腰を落として刀を正面に構える。20メートルばかりの距離を隔て、残りの一頭に対峙した。
ほんの一呼吸の後、
「ゴオオオオアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
同じ人間が発したとはとても思えないもの凄まじい
竜と女は一足には余りある距離を隔てて対峙し、数瞬の睨み合いの後、竜は急に興味を失ったかのようにふいと踵を返し木立の向こうに消えていった。
竜が姿を消して暫くしても、女は腰を落とした構えを崩さない。
やがてポルカルッタが尻餅をついた姿勢のまま我に返り、声を掛けようかどうしようかと逡巡し始めた頃になってようやく女は息を吐き、彼の方を振り向いたのだった。
「よう、少年。怪我はねえか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます