ルーティ 視点

パンッ

明かりが消える。

「こっこれが妖災でしょうか、明らかにおかしいですね」

姿は見えなくなったが、さっきまでいた位置に向かい話しかける。

返事はありませんでした。

(集中している時に話しかけてしまってご迷惑だったのでしょうか)

そう思い、黙ってみるがいつまでたっても返事も動く気配もない。

目が慣れてきて暗闇でも周囲が見えだすが、彼の姿はなくなっていた。

「マガツさんっ!?どっどこに!?」

パニックを起こしそうになります。

早鐘のようになる心臓を抑えて冷静に状況を理解しようとしました。

(マガツさんが私を置いていなくなるとは思えない)

まだ短い付き合いではあるけど彼の性格は何となくわかってきています。彼は自分のことを色々悪く言うけれど私を気遣ってくれて優しく責任感がある人です。助手を受け入れてくれたのも私の気持ちを考えてくれたからなのでしょう。

(そんな彼が私を放置した。のでないならば私がきっとどこかに移動させられたのでしょう。

改めて周囲を見渡すと、服がかかっているスタンドも服が並べてある棚もあり変わっていないように思えます。

しかし、何かが決定的に違うと本能が告げています。

(床はこんなに靴がへばりつくような粘着性はなかった。真っ白でキレイだったはずの天井も薄汚れてヒビが入っていたはずがないです。

服の商品名が書かれていたポップは

繧ケ繝シ繝?、ァ迚ケ萓。

全く読めなくなっています。

(どうしよう…ここから抜け出す方法を探る?…いや行方不明者を探して…でもマガツさんとの合流を考えたらここを動くべきでない?)思考が中々まとまりません。

ずっっずっぐちゃっ

(!)

何か音が聞こえて来ました。段々と私のいる通路へと近づいている気がします。

(妖かもしれない…隠れて様子を窺わなきゃ)

急いで近くにあった試着室へと身を隠します。

ずっっずっぐちゃっずっず

ぐちゅっ

音が大きくなってきます。

ずっっずっぐちゃっずっず

ぐちゅっじゅっっじびちゃっ

心臓の音が外に聞こえるのではないか不安になります。

ずっ

(!!)音が止まりました。

見つかったことを覚悟して懐に忍ばせていたスタンロッドを伸ばし戦闘の覚悟を決めます。

(ふーー…落ち着いて私…危険は覚悟の上でマガツさんの助手にしてもらったんでしょ……このまま弱いままでいいわけがないでしょう)

自分で自分を叱咤します。しかし、

ずっっずっぐちゃっずっず

ぐちゅっじゅっっじびちゃっ

再び、音が聞こえだし、今度はどんどん離れていきます。どうやら見つからずに済んだようでした。

(はーーっ、よかったあ…)

心の中で大きな安堵の声を出します。しかし、仮にも四凶相談事務所の(一時的にでも)一員になった以上、隠れていただけではいけないと思い相手の姿を確認しなければと思いました。

恐る恐る静かに試着室のカーテンを開け、音のする方を確認します。

(!?っ)

悲鳴を飲み込みました。

そこには2mはありそうな緑の肌に藻をつけナメクジを丸くしたような不気味な生物が床を這っていました。そいつが通った後にはキラキラと光る粘液のようなものが後を引いています。

(見る限り友好的な存在ではなさそうです)

見つからなかったことに安心感を覚えそっとその場を離れることにしました。


(まず、抜け出すといったらとりあえずエレベータや階段を探すべきでしょうか)

確信は持てませんでしたがそれ以外に心当たりもなかったため、そちらに向かって歩き出します。もちろんあの生物に見つからないようにできる限り音は立てません。

(雑談しながら調査していた時にはこんな恐怖感じなかったのに)

とりあえずの危機は去りましたが、一人になったことの心細さはやはりなくなりません。

(マガツさんきっと助けに動いてくれてるよね……私も自分にできること…頑張らなきゃ)

歩き続けます。

(でも自分で脱出できたらマガツさん褒めてくれるかな)

前向きになろうと明るいことを考えて歩きます。

(でも、このまま私も誰にも見つからないまま行方不明になったりして)

どうしても不安がなくならないまま歩きます。

(ううん、それどころかあの生物?妖?に食べられてしまうかも…)

どんどん不安になってきました。

(あれ?私結構歩いたはずなのにまだエレベーターに着かないの?)

早歩きになります。

(うそ、うそ…うそ、本当にまずい)

ついに走るような速度になってきます。

(どうしよう……マガツさん!マガツさん!)

いつまでたっても同じ服が掛けられているスタンドのある通路を進んでいる気がします。

私は不安に耐え切れなくなり、妖が動き回っていることも忘れ大声を、

「マガッ」

「きゃーーーー誰かあああ」

「ひいいいいいいあああああ」

出そうとした時に悲鳴が聞こえて来ました。


(悲鳴!誰かが襲われているのかもっ)

ついさっきまで私自身が助けを求めていたことも忘れ駆けだしてしまいます。

「ああああああ!いやあ」

「はなせっ!はなせっ!」

段々と悲鳴の発生した場所が近くなってきました。

私は服のスタンドや棚を吹き飛ばすようにロッドで振り払い進みます。

腐臭が漂ってきています。

やがて姿が見えてくるとそこには肌が爛れたようにびろんと垂れ下がり、目玉が飛び出した死体が一組の高齢の夫婦らしき男性の方の腕を掴みもみ合っているところでした。

死体はよだれを垂らし噛みつこうと口を大きく開けていますが、男性が力の限り抵抗しているためまだ噛みつかれていませんでした。

(急がなきゃ!ロッドから雷光を光らせながら死体へと思い切り振りかぶりぶつけます。

「やああっ」

「ぎゃんっ」

数mは吹き飛ばし、男性から距離をとらせることに成功しましたがまだ動こうとしています。相手が動き出す、前に止めようとロッドを突き出して死体の背中に当てそのまま放電します。

「ががががが」

動かなくなるまで放電を続けました。相手が停止したことを確認すると老夫婦の様子を確認することにしました。

老夫婦は先ほどの場所で二人とも蹲っています。

どこか怪我をしたのか心配になりましたが、どうやら腰を抜かして立てなくなっていたようです。

「大丈夫ですか?」

声をかけるとビクっと震えました。

「っあ貴方か…危ない所を助けていただきありがとうございます」

「本当にありがとうっ…こんな所で他の人間に会えるなんて」

よほど安心したのか涙を流されています。

私は周囲に気を配りつつ、彼らの肩を抱きしめて落ち着くのを待ちました。


「どうやってここに来たのかわかりますか?」

「それがわからないのです。夫とキャンプ用品を買いにデパートに来ていたはずなのですが、いつの間にかこんな所に…」

どうやら私と同じく異界に強制的に連れて来られたらしい。

「それではいつからここにいるんですか?」

「ここでは時間の感覚が掴めなくて…短くない時間が経過したとは思うのですが、全くお腹も空いてこなくて」

今日は私達が調査していた以上、この夫婦は少なくとも昨日より前から異界にいることになる。ここから抜け出すための方法はやはりわからなそうだ」

「そうですか……でもお腹が空かないってのは私達にとって嬉しい情報ですね」

暗くなり過ぎないように前向きな部分を探して口に出す。

実際に餓死の心配がないことは嬉しい。

その後も老夫婦から話を聞かせてもらったところによると、ここはどれだけ歩き続けてもエレベーターや階段のある場所には辿り着けなかったらしいです。

道中、さっきのような怪物を見かけても速度が遅いため体力のあるうちは何とか逃げ切れていたみたいです。

ただ、途中で歩き疲れて止めてしまったためもっと歩けば着けるのかもしれないとも教えてくださいました。

(物理的に距離がありすぎるのか、あるいは結界のようなものでもあって概念的に近づけないのか…)

私では判断できませんでしたが、少なくとも私が今まで歩いたり走り回ったことからわかることはデパート4階本来の広さは超えているということです。

加えてあのナメクジの様な丸い妖。

(ナメクジボールとでも名付けましょうか)

あれに加え死体もこのフロアを歩き回っているようです。さっき死体が老夫婦の夫に襲いかかっていたように見つかれば楽しいことにはならないと思われます。

(でもアレを倒せば出られたりしないしないかな)

学校では暴漢や妖に襲われた時の防衛方法を学べたりはしましたが、異界の対処法なんて「見つけたら政府機関に連絡。近づかないこと」以外は知りません。

(もっと専門知識も独学ででも学んでおけば…)

今更、後悔しても後の祭りでした。でもくよくよしても始まりません。私にも異界からの脱出方法が分からないと知り、沈んでいた老夫婦に声をかけます。

「大丈夫です!今、私の仲間がきっと私を助け出すために動いてくれています。すぐに見つけて皆助かりますよ!」

そうですよねマガツさん?信じています。

「とにかく!ここにいてもまた動く死体に見つかるかも知れません。どこか身を隠せるような場所へ、私もついて行きますから」

戦闘音が響いたせいで他の怪物が近づいてくる可能性に思い当たり、移動を薦めます。

まだ疲労しているようでしたが、彼らも状況は理解しているらしく何とか立ち上がってくれます。

「さっき試着室を見かけましたからそこへでも」

ペタペタペタ。

裸足の足音が聞こえます。急いで振り返るとそこには……

よだれを垂らした死体達がいました。すぐには数えられないほど多くいます。

「走って!!早く」

老夫婦達を急かし一緒に走って逃げだします。死体達は小走り程度の速度で追ってきます。

「はあっはあっ」

「ぜえっぜえっ」

疲労から回復していない老夫婦達はどんどん速度が落ちてきます。

後ろを振り返ると、死体は確かに遅いのですが疲労はしないらしく最初と全く同じ速度で追いかけてきているので両者の距離は縮んでいく一方でした。

(このままでは捕まってしまいますっ!私が倒さなくては!)

逃走から戦闘へと意識を切り替え、

「先に行っていて下さい!私はこいつらをある程度削ってから、後から追います!」

「そんな貴方一人で、」

老夫婦は逡巡していましたが、いても力にはなれないと判断したのか私の指示通りに逃げ出してくれます。

(これで私が死体の相手をすれば安全なはずです)

「やああーー!」

スタンロッドを振りかぶって死体の群れの先頭からなぎ倒していきます。

「はーー!やっ!っふ!」

スタンロッドを振るうごとに死体は簡単に倒れてくれます。

(最初に倒した奴と同じで一体、一体は大して強くない、でも数が、多すぎる!!)

終わりが見えずに弱気になってきてしまいます。ロッドを持つ手の力もどんどんと弱くなっていってしまいます。

(私、ここで死んじゃうのかな……あの夫婦助かるかな…マガツさん何の役にも立てず申し訳ありませんでした)

死体は次から次へと押し寄せ腕や髪を掴もうと四方八方から押し寄せてきていた。

いつの間にか自分の口から悲鳴を上げていました。もう何もわからず手を振り回しましたが死体の勢いには勝てず床に押し倒されます。

「あ…ああ…あ」

絶望のためか死体が私の視界を覆っているのか目の前が真っ暗になりました。

もう動けません。


ズドアッががドドドドン

……………しかし、いつまでたっても私の体に歯が突き立てられることはありませんでした。

恐る恐る目を開けると

「?」

そこには

「ゴメン、遅くなった……あー待ったよね」

目の前には私が助けに来てくれることを待ち望んでいた男性が気まずげに立っていました。




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