間章

あるデパート

セール実施中!のチラシに釣られて紳士服売り場へと来ていた。

特別に欲しい服があるわけではなかったが、ここ数ヶ月新しいものは買ってなかったのでいい機会だと思ったのだ。

休日だからか夜にも関わらずデパート内には人が多く来ており、目当ての売り場へとたどり着くのも一苦労した。

到着してからは真新しい通路を歩いて服を物色する。ここにも人がまだいるのでぶつからないように歩く必要があった。

(うーん、中々気に入るものはないなあ)

所狭しと並べられた棚を見て回っているが試着してみるほど気になるような商品はなかった。

しかし、せっかくここまで足を延ばしたのだ、何か買っていきたい。

そんな思いから、再度売り場を見回ってとりあえず好みの色のジャケットを手に取る。

先ほどよりも人が減っていたので歩きやすく、落ち着いて服を選ぶことができた。

(SサイズとXLかあ、僕にはあわないなあ)

サイズを確認するが自分には合いそうになかったが一応試着するだけしてみようと思い、一つだけ空いていた試着室へと入った。

案の定、服のサイズは合わなかった。少し落胆を覚えるも店員にこれに似たジャケットでも持ってきてもらおうかと思い立ちカーテンから顔だけ出して

「すいませーん」

声を出すが誰にも気づいて貰えなかったようだ。仕方なく店員を探そうと試着室から出る。

キョロキョロと探すがさっき店内を見回った時には何人かいた店員は見つからなかった。

それどころか、自分以外の客の姿すらない…

「すいませーん、誰かいませんかー!」

恥ずかしさはあったが、不安に駆られたからか店内に聞こえるように大きな声を出した。

しかし、返答はなかった。

(落ち着け、落ち着け、たまたま誰もいないだけだ)

段々と怖くなってきたが、心中で落ち着くように自分に言い聞かせる。

試着室は自分が入っていた部屋以外のカーテンは閉められていたことを思い出し、誰か見つけたいと思って確認に戻ってしまう。

「あのー、突然すいません、今この階誰もいなくなったみたいで、何かあったんですかね?」

迷惑かなと思いつつ声をかけるが相変わらず返答がない。

「………………」

誰もいないことを確認して、体を屈めてカーテンの下を見るが足は見えていた。

(何だいるじゃないか)

人がいた安堵と同時にイラつきを感じてしまう。

(?あれ、おかしくないか)

しかし、すぐに違和感に気付く。足が微動だにしない上に衣擦れの音も聞こえないのだ。

(試着室に入っていながら全く動かないなんてありえるのか?)

他の試着室の下を確認するがそれらも動きがなかった。

ごくり、と唾を飲み込む。心では逃げろ逃げろと危険信号が鳴りまくっていたが、不安からカーテンをめくりたい欲求が抑えられない。

カーテンに手を伸ばした時に自分が震えていることを自覚する。

「すいませーん、いやーちょっと聞きたいことあって開けちゃいますよ~、いいですか~」

自分を誤魔化すように明るい声を出してこれがただの自分の妄想であることを願う。そしてカーテンを…

シャー

開けるとそこには…誰も入っていなかった。外側から見ていたはずの靴もない。

(ひっ嘘だ、嘘だ…どっきりだろ、どっきり!)

気づけば走り出していた。足がもつれて転んでどこか擦りむいたが気にしない。

とにかくこの場を離れたかった。

(何で…何で)

走る走る走る走る。やがて疲労から走れなくなり、その場でへたり込む。

EVや階段に向かうことにすら思いつけずただ走っていたが、壁にたどり着くことすらできなかった。

「…あっぁぁ…ああ」

ずっっずっぐちゃっずっず

「何でだよおおおおおおおお、ちくしょう何が起こっているんだよお」

ずっっずっぐちゃっずっず

後ろから音が近づいていることには分かっていたが振り向く勇気はわかなかった。

生暖かい生物の厚さが背中に感じる。

「あっはははは」

後ろは振り返らず最後に力なく笑ったのが彼が最後にした行動だった。

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