Episode8
太陽の光は白からオレンジへと移ろい、家路に着く人々の輪郭を真暗のシルエットで地面に浮かび上がらせていた。
街の向こう側に消えてゆく太陽の姿は、なんとなく一日の終わりの近付きを予感させて、寂しく、切ないような感覚に襲われる。
ぼうっとした頭で夕焼けを眺めていると、冷たい風が頬を掠めるのを感じた。
冬を越えたとはいえ夕方になるとまだ寒く、もう少し厚着をしてくれば良かったと後悔する。
足立ダンジョンセンターを出た俺は、自転車を引きながら荒川の河川敷を歩いていた。
考え事を纏めたり、落ち着きたい時によく来る場所だった。
河川敷の道端に自転車を止めてから、土手に座って息を吐く。
――結局、俺は何がしたかったんだろうなあ……。
川の水面がきらきらと光って、不規則に揺らめいていた。
その光景を何となしに眺めていると、これまでの人生が思い返されてゆく。
俺の冒険者人生、そして何故俺が冒険者になったのか……。
――全ての始まりは、あの日からだった。
九年前の超大規模スタンピード。
ダンジョンから大量のモンスターが溢れ、世界中で数千万の犠牲者が出た。
日本においては四百万の犠牲者が出たと言われていて、その中には……俺の両親も含まれていた。
今でも、昨日のことのように覚えている。
九歳の誕生日を迎えた俺は、両親と共にとある遊園地へと向かっていた。
俺がずっと行きたいと言っていて連れて行ってもらったのだ。
車を走らせ、もう間もなく遊園地に着きそうだというところで巨大な地震が発生する。
その後三十分ぐらいしてコボルトやオーガと呼ばれるモンスターの集団が襲いかかって来た。
俺の両親を含めた大人たちは必死に戦ったが、モンスター達の力は圧倒的で、最後には俺を庇うようにして両親は死んでいった。
それから俺はじいちゃんの家に預けられ、育てられることになった。
両親が殺されて、モンスターに復讐したいという気持ちがなかったわけではない。
だけどそれ以上に、自分に力がなかったことが許せなかった。何もできずにただ、守ってもらうことしかできない自分が嫌だった。
力が欲しいと願った。ただ、あの圧倒的なモンスターの力を見て、どうすれば奴らを超えられるのか分からなかった。
そんな時、世界中でスキルと呼ばれる力を持った人達が現れ始めたことを知った。
スキルは先天的に身に付いていることもあれば、後天的な努力や経験によって身に付く可能性もある、とじいちゃんが教えてくれた。
俺はそれから毎日、剣を振るった。
スキルが身に付くように。そして、自分の大切なものを自分の力で守れるように。
……しかし、どれほど剣を振ろうとも、俺はスキルを手に入れることができなかった。
気付けば何年も経っていたが、それでも俺は諦め切れずに剣を振るい続けた。
やがて俺が十三歳になった頃、世界中で冒険者ライセンスというものが作られるようになる。
あまりにも無謀にダンジョンに突っ込む人が多いため、入場を規制して犠牲者を抑えるために作られたものだった。
冒険者ライセンスは十五歳以上で取得できるため、当時中学生だった俺は、卒業後にすぐに試験を受けて冒険者になった。
そして、念願のダンジョンデビュー。
最初の敵はスライムで、緊張で身体が震えていたが意外とあっけなく倒せた。
調子に乗った俺は続いてゴブリンに挑み、病院に送られた。
しかし次にゴブリンに挑んだ時、俺はなんとかゴブリンを倒すことができた。
少しずつ自分の成長を感じて嬉しく思った。
だがダンジョンに潜る度、少しずつ俺の心の中には焦りが募っていた。
俺の周りにいる人達はどんどん新しいスキルを身に付けてダンジョンのより深い階層へと進んでいく。
一方の俺は、いつまで経ってもダンジョンの上の階層でスライムやゴブリンを倒すことしかできない。
――スキルを身に付けて、誰よりも強くなる。
俺がずっと追い続けてきた夢だった。
だけど所詮、夢は夢だ。
現実的な生活がある限り、いつまでも夢を追うわけにはいかない。追いかけた夢が叶わないのだと知ったのなら、どこかで諦めなければならない。
そう心の中で感じ始めていた頃――去年の夏のことだ。
突然、じいちゃんが倒れた。
生まれつき患っていた心臓の病気だった。
すぐに病院に運ばれて医師が懸命に処置を施してくれだが、結局、じいちゃんはそのまま亡くなった。
両親を失い、じいちゃんまで失った。
俺の中で、何かが終わった気がした。
しばらく失望の中にいた俺は、そこで覚悟を決める。次の誕生日までに訓練で一勝もできなければ、もう諦めようと。
――次の誕生日……つまり今日だ。
今日は俺の誕生日であり、両親の命日であり、俺の冒険者生命の存続を賭けた運命の一日だったというわけだ。
本気で勝とうと思っていた。俺の全てを賭けてでも。
カズトシさんとの戦いで俺は自らの命を顧みず腕を出したが……今にして思えば、俺は本当にあの時、死んででも刺し違えようと思っていたのかも知れない。
まあ俺の命を犠牲にしたところで、カズトシさんにはかすり傷一つ付けられなかったわけだけれど。
「情けねえなあ、俺……」
結局、何もできなかった。
今までの努力を思い出し、その全てが無駄になったことを考えると思わず涙が出そうになるが、ぐっと堪える。
代わりに体育座りの状態のまま、頭を脚の間に埋める。
夕暮れの河川敷で、頭を伏せながら体育座りをしている人。
傍から見ればそれは分かりやすく人生で何かがあった人であり、決して他人が近付いてはいけない人だ。
――だが、今回に限ってはそうではなかった。
顔を埋めて体育座りをしている俺の後ろから声がかけられる。
まさか声をかけられるとは思っていなかった俺は一瞬無視しそうになるが、聞き覚えのある優しい声に顔を上げる。
「分かりやすく人生に絶望している格好ですね、ミクルさん」
そこには、夕陽に照らされて微笑んでいるリンさんの姿があった。
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