Episode6
出し惜しみしている余裕はない。
開始の合図と共に飛ぶように駆け抜けて、自分の為せる最速で木刀を振るう。左の肩から袈裟斬りにするような形だ。
それをカズトシさんは動じることなく軽く弾いて受け流す。
――その時点で、理解してしまう。
ほとんど全力で放った一撃、にも関わらずピクリとも表情を変えずに片手で易々と捌く。
力、速度において圧倒的にカズトシさんは俺を上回っている。
恐らく、身体能力上昇系のスキルを持っているのだろう。魔道具だけではここまで大幅に力を上げることはできないはずだ。
しかし、だとすれば――剣を振るうことしかできない俺の勝機は限りなく無に等しい。
――少なくとも、普通に戦っている限りでは。
右上に弾かれた木刀を素早く握り直し真横に振るうが、やはり軽く躱される。
ならばと木刀を一度引き戻し、正面から突きを繰り出すがそれも真横から払うように弾かれた。
――クソッタレッ!
心の中で悪態をつきながら剣を振るい続ける。
四方八方から、あらゆる剣筋を試す。どこかに通る道があるはずだと信じて。
しかしカズトシさんはその場を一歩も動かずに、相変わらず片手で捌き続ける。
「くっ……!」
あまりにも、固い。
三十秒ほどが経過したところで思わず一歩引いて距離を取った。
「どうした、もう終わりか?」
カズトシさんが何でもないように言う。寝起きのような、いかにもダルそうな声で。
まだだ! と言いたいところだが、残念ながら何も攻略法は見い出せない。
「んじゃ、こっちから行くぞ」
代わりにカズトシさんが言い放つ――その瞬間だった。
目の前に木刀が現れた。
咄嗟に木刀を掲げてガードする。が、身体ごと吹き飛ばされる。
「がはっ……!」
そのまま転がって衝撃を流しながら、素早く起き上がる。
――剣筋が速すぎてほとんど見えない。そして、重い。
すぐに次の攻撃がくる。
さっきの一撃で、まだ両手が痺れていた。まともに受けることはできない。
微かな剣筋の気配を頼りにギリギリで受け流していく。だが、その度に腕の痺れが増して感覚が失われていった。
長くは持たない。勝つためには仕かけるしかない。
「はああッ!」
振り下ろされた木刀を、渾身の力で天へと弾き上げる。
弾かれた木刀と共にカズトシさんの腕が宙に浮き、それによって空いた胴に蹴りを入れる。
吹き飛ばすことはできなかったが、よろめかせることはできたようだ。
そこへ思い切り、木刀を斬り付ける。
――手応えは、なかった。
気付いたらカズトシさんの姿は――俺の5mほど先にあった。
「おっと、危ねぇ。本気で避けちまったじゃねえか」
見れば、さっきまでカズトシさんがいたであろう地面には焦げたような跡が付いていた。
いや、地面が焦げるほどの速さって……ヤバすぎるだろ。
「やれやれ……」
と、カズトシさんがため息を一つ。
「ま、本気ついでだ。見せてやるよ」
さらにそう言ってから、少しだけ集中するような素振りを見せた。
一体何を見せられるというのか……。
様々な可能性が脳裏をよぎるが、いずれにせよ悪い予感しかしない。
いま隙を付いて攻撃するべきか? いや攻撃したところで避けられるだけだろう。
それよりも――このままでは勝ち目はない。
ならばどうする? どうすれば勝てる?
正面からまともに戦ってダメなら、相手の不意を付くしかない。不意を付くためには……。
そこでふと、一つのアイデアか浮かび上がる。
だが、それはあまりにも無謀なことのように思えた。
というよりも、それをしたら俺は――。
「自分の武器を持ち込むことはできないが、武器を強化することはできる」
集中を終えたカズトシさんが木刀を掲げながら言った。
木刀は赤色のオーラのようなものを纏い、周りの空気が揺らめいていた。
武器の強化スキルを使用したのだ。それもオーラの鮮やかさと大きさからして、かなり強力なものを。
「しっかりとガードしろよ」
カズトシさんが構えを取る。
それを見て俺は――心の中で覚悟を決めた。
カズトシさんが恐ろしい速度で斬り付けてくる。
だが、来ると分かっている動きであるならばそれだけ対応もしやすい。
左上方から振り下ろされた木刀を――
──俺は、
骨の折れる音が聞こえた。
左腕は死んだ。しかし右腕は生きている。
痛みが脳に伝わるよりも早く、がら空きになった相手の左脇に全力で木刀を振るう。
――間違いなく、入る。
あの体制から回避はできないはずだ。
そう、流石にカズトシさんも回避はできなかった。
だから――魔法を使った。
相手の攻撃を弾いて返す、カウンター魔法。
俺の斬撃がカズトシさんの身体を包む白い霧によって押し留められ、一瞬、カズトシさんが光ったと思ったら、こちらの振るった斬撃の何倍もの衝撃が襲ってきた。
気付けば俺は、盛大にコートの端まで吹き飛ばされていた。
――やってしまった、と思ってももう遅い。
もはや起き上がる力も、気力もなかった。
カズトシさんが歩きながらこちらへ向かってくる。
それを霞む目で見ながら、俺は意識を失った。
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