Episode4


 最初に来た時は、ただただ圧倒されるだけだった。


 荒々しい剣戟の音、悲痛な叫びに、獣のような雄叫び。飛び交う野次や湧き上がる喝采。

 一方が容赦のない一撃を放ち、一方がそれを受けて崩れ落ちる。


 とてもテレビなんかでは放送できないような――例え放送できたとしても大部分にモザイクやら音声処理が施されるようなシーンの連続が、俺の目に映されていた。


 でも、不思議と怖いとは感じなかった。むしろこんな風になりたいと思った。


 この人達と戦えるぐらい――俺も強くなりたいと。


 一年前の話だ。


 丁度、此処ができてすぐに来たんだっけ。

 今でもあの時を思い出すと胸が高鳴り、身震いするような感覚に襲われる。


 此処に来るまであれほど抱えていた憂鬱な気持ちも、いざこうして虎穴に入ってみれば、まるで嘘のように消えていくから不思議なものだ。



「変わらないな……」



 喧騒の止まない訓練場を見渡す。


 奥側にフィールドと呼ばれる戦闘訓練を行うエリアが三つ設置されており、それぞれ間隔を空けて白線で区切られている。


 一つのフィールドの大きさは、バスケットコートを一回り大きくしたサイズだ。


 手前側には、利用者が着替えをする更衣室や、ベンチや自販機などが設置してある休憩スペースのような場所が備え付けられていた。


「とりあえず着替えてから、対戦相手を探すか」



 十分ほどで準備を済ませて、フィールドへと向かう。

 フィールドは三つとも使用中で、順番待ちの予約がそれぞれ二、三組入っている状態だった。



「うわっ、えぐ……」



 と、眼前の光景を見て声がでた。


 一番手前のフィールドで、戦闘中の一人がスキルをもろに喰らって壁際まで吹っ飛ばされ、その衝撃で身体がとんでもないことになっていた。


 ――うわあ……。手とか足が曲がっちゃいけない方向に……。


 見慣れている光景とはいえ、思わず少したじろいでしまう。


 次にこうなるのが自分だという風に変な想像をしてしまい、慌てて頭を振って切り替える。


 覚悟を決めて此処にきたんだ。日和っている場合じゃない。


「さあ、戦ってくれそうな相手を探そう」



 フィールドの周りで戦闘を観覧している人々の中から、相手をしてくれそうな人を探して声をかけた。


「あの、すみません」


 赤髪でがっちりとした体格のお兄さんだ。


「……よかったら対戦相手をお願いできませんか?」


 俺が遠慮がちに申し出ると、お兄さんがじろり、と鋭い目をこちらへ向けて、


「戦績は?」


 と、低い声で問う。


 戦績とは訓練場での対戦成績であり、だいたいの強さの指標となるものだ。


 ……正直にいえば、あまり答えたくはなかった。


 だが、ここで言わないわけにもいかないだろう。


 その後の反応もわかってはいるが、俺は素直に打ち明ける。


「……0勝29敗です」


「はあ? ふざけてんのか?」


「……いえ、ふざけてなんかいません。本当の戦績です」


「はっ! おいおい、一勝もしてないとかありえねーだろ? どんな雑魚スキル持ちだよ」


 やはり、いつも通りの反応だ。


 分かってる。だから、俺もいつも通りの言葉を返す。



「俺は……スキルを持っていません」



 告げた瞬間、お兄さんの表情が唖然としたものへと変わる。それからすぐに怪訝な表情になって、


「……スキルがないだと? お前、本気でいってんのか?」


「本気です。でもスキルがなくても、戦うことはできます!」


「あのなあ……。スキルもなしに戦えるわけねえだろ。さっさと家に帰ってゲームでもやってろ」


 お兄さんが冷めた様子で首を振る。

 が、俺も諦められない。


「お願いします! 一戦だけでいいんです」


「断る。こちとら遊びに来てるわけじゃねえんだよ」


「遊びじゃありません、俺は真剣です!」


「うるせえ! 雑魚に構ってる暇はねえって言ってんだよ!」


 お兄さんの大声に、付近の喧騒がぴたりと止まった。


 何事かと周囲の視線が集まり、一瞬後で、また元の通りに散らばっていく。


 確固とした拒絶だった。


 流石にもう、これ以上の交渉は無理だろう。


 はあ……と、心中で大きく息を吐く。


 いつものことだけれど、やっぱり相手にさえされない。


 悔しさが込み上がる一方で、どこかで仕方がないとも思っていた。


 みんな強くなるために此処へ来ているのであって、弱者と戯れに来ているわけではないのだ。分かってはいる。でもやっぱり――。


 ヘコむよなあ……。



「――なんだなんだ?」



 先程のお兄さんの大声によって、周りの何人かが俺たちに関心を持ったようだ。

 その中の一人がこちらへやって来る。



「スキルなし、ねえ」



 ウェーブのかかったショートの黒髪に、ダルそうな目をした男性だった。ピッタリとした黒シャツを腕まくりして、左腕に金のバングルがはめられている。


「戦ってやってもいいぜ」


「本当ですか!?」


 思わず、叫んでしまった。


「ああ、その代わり」


 と、黒シャツのお兄さんが少し間を開けてから続けて言う。



「いくら出せる?」



 え……いくら?


 まさか、お寿司のいくらが出せるかを聞いてるわけではないだろう。


「スキルなしを相手にするんだ。金ぐらい貰わないとやってらんないだろ?」


「えーと、多少なら出せますけど……」


 財布の中のお金は少ないが、冒険者ライセンスにはいくらかのお金が入っている。


「そうだな……5万でやってやろう」


「5万!? それはちょっと高すぎる気が……」


「いやなら俺は別にいいんだぜ? せいぜい他を当たって探すんだな」


 ぐぬぬ……。完全に足下を見られているようだ。


 でも――。


 今日は、どうしても戦いたかった。明日になってからでは……もう遅い。


 5万は高いけど、さて、どうするべきか。


 ――それから俺は少し考えてから、決意した。


「わかりました、お願いします」

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