その「恋」は難しい
りつりん
第1話 上お嬢様 京本莉瑠香 ①
「皆さん、ごきげんよう」
都内のとある女子高。
日本各地から精鋭の中の精鋭お嬢様が集まるこの学園でひと際存在感を放つ少女が一人、校内を悠然と歩いている。
その髪は太陽の光を反射しているはずなのに太陽よりも煌めき、その瞳はこの世の全てを寛容するように深く、その唇は男女問わず琴線を刺激するラインと発色を有している。
完全完璧美少女。
その表現がピタリと当てはまる少女。
そんな彼女は周囲に笑顔を振りまきつつ歩を進める。
「きゃー、莉瑠香様よ。挨拶をしていただけるなんて夢のよう。もう死んでもいい」
「私のような卑しい豚にもご挨拶をいただけませんでしょうか?」
「ごきげんよう」
「「「「「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」」」
彼女の瞬きが、彼女の声が、彼女の纏う空気が、その全てが学園の女子たちを熱狂させる。
京本莉瑠香(きょうもとりるか)。
日本のお嬢様業界に彗星のように現れたその美のつく少女は二年生にして最高峰。
二年生にして最上級。
まさにお嬢様の中のお嬢様。
なんならお嬢様の上のお嬢様。
上(じょう)お嬢様と言っても過言ではない存在だった。
そんな彼女をお嬢様たらしめるもの、それは彼女の行動力にあった。
彼女は親の力に頼ることなくお嬢様に自身で上り詰めたのである。
高校入学直前に日本国内で起業した化粧品会社、アパレル会社各四社、その全てがあっという間に日本のトップへと躍り出た。
従来のお嬢様像とは異なるお嬢様の新しい形に学園、いや日本中のお嬢様が熱狂していた。
半年前に開設したSNSアカウントのフォロワーはあっという間に二十万お嬢様、五十万パンピーを超え、それと同時にさらに業績も飛躍的に伸びていった。
お嬢様の支えるお嬢様。
お嬢様による上お嬢様のための強力な経済循環は新しいトレンドとして日本のお嬢様だけでなく、多くの国民をも巻き込んでいった。
そんな生え抜き上お嬢様を遠くから見つめる不機嫌な顔をした並お嬢様が一人。
「ふん。朝からご機嫌なことですこと」
彼女は八頭司早苗(やとうじさなえ)。この学園の一年生である。
彼女にとって目に映る上お嬢様は学園生活において邪魔なものでしかなかった。
「なんであの人はこの学園にいれるのかしら」
シルクのハンカチを噛み締めながら早苗は憎らしさしかない表情を浮かべる。
彼女がこの学園に入学したのはもちろん彼女自身がお嬢様であるということがある。
父は日本屈指の食品企業の社長、母は関東地方において絶大な勢力をもつファミレスの副社長。
そんな恵まれたお嬢様ベースをもつ彼女がこの学園に入学したのはある種の必然であった。
しかしそれ以外にも理由があった。彼女の個人的な理由が。
「私に触れていいのは、私と同じ空気を吸っていいのはお兄様だけなのに……」
彼女の怒りを一心に受けたシルクのハンカチはものの見事に引きちぎれてしまった。
そう、彼女は自身の兄以外の異性を避けたくてこの学園に入学したのだ。
早苗は兄を愛していた。
もちろんそれが禁断の感情であることは重々承知の上で。
その思いを兄に伝えることはできない。
そう考えていたからこそ、せめて自身を律し、兄以外の男性を感じ取ることのない環境に身を置くことで兄への思いを心の中でより良きものへと、未来へと繋がる生産性のあるものへと昇華させたいと願っていたのだ。
そう思って入学した学園。
女子高。
そう、女子高。
「京本莉瑠香っ!」
早苗は二枚目のハンカチを取り出した。
もちろんシルクである。
まだ名はない。
そう、早苗は莉瑠香の秘密を知っている。
早苗しか知らない莉瑠香の秘密。
「どうして男なのにこの学園にいるのよ」
それは莉瑠香が男であるという事実である。
事の発端は早苗が入学式の後、気ままに校内を散策していた時に遡る。
これからの新しい学園生活にお嬢様でありながらも人並みにウキウキしていた早苗。
そんな彼女は隅々まで学園内を探検したいと思い、軽やかな足取りで人気の少ない場所へと足を踏み入れていた。
「んん? あの人は」
そんな彼女の視界に映りこむは莉瑠香。
もちろん早苗も上お嬢様である莉瑠香の存在は把握しており、今後の学園生活を考えると挨拶をしておいた方がいいだろうと思って近づこうとした矢先、莉瑠香のスカートがふいに捲れた。
春風も罪作りである。
「はえ?」
素っ頓狂な声が早苗の口から漏れる。
お嬢様として素っ頓狂な声を出さないようにしてきた彼女からすれば、そんな戒めなどどうでもよくなってしまうくらいのものが視界に入り込んできてしまったのである。
莉瑠香のスカートの下から顔を覗かせたのは、上お嬢様である莉瑠香のお股様に存在していたのは男性のシンボル。
早苗は実物を見たのは初めてであったが、それが何なのかは理解することができた。
できたからこその素っ頓狂である。
そう、日本お嬢様業界を代表する上お嬢様である莉瑠香はノーパンで校内を闊歩し、あまつさえまさかの秘部露出をしてしまったのだ。
偶然か必然か。
それはわからないが、確実に早苗は見てしまった。
幸い、スカートが捲れると同時に莉瑠香の視界も塞がれたため、早苗はその隙をついて木陰に身を隠すことができた。
お嬢様らしい賢明な判断である。
それ以来、早苗は莉瑠香が男であるという事実に悩まされ続けた。
皆の憧れの上お嬢様が男であるという衝撃的な事実を自身の中でどう消化すべきかを。
そしてあの衝撃的な映像に如何に記憶の中でモザイクをかけるのかを。
「思い出しただけでめまいが……。っ! まずいですわ。目があいました」
莉瑠香と遠目に目が合った早苗は急いで身を隠す。
しかし時すでに遅し。縮地かなという速さで莉瑠香は早苗のもとへとたどり着く。
「ごきげんよう」
季節は夏に入りかけた六月中旬。
既に蒸し暑さが顔を覗かせている時期にも関わらず、早苗のそばへと来た莉瑠香はその蒸しも暑さも全く感じさせない笑顔で挨拶をする。
莉瑠香は目が会った女生徒全てに挨拶をする、というポリシーを持っていた。
さすがである。
「ごごご、ごきげんよう」
一方、早苗は古びた神社にある池のように濁った声で挨拶を返す。
莉瑠香の取り巻きはそんな彼女に冷たい視線を送る。
なんでこんな子にまで莉瑠香様がわざわざ足を運んで挨拶をするのよ。
なんでこんな子にまで莉瑠香様がわざわざ縮地を使うのよ。
といった嫉妬の感情を乗せた視線を。
縮地使ってた。
しかし早苗はそんな視線を意に介すことはなかった。
彼女の目に映るは兄への思いを邪魔する存在のみ。
「それではまた」
莉瑠香は挨拶だけすると取り巻きを引き連れながら校舎の中へと入っていった。
残された早苗は拳を握りしめる。
「きっとあいつが男だって言っても誰も信じてくれない。だからこそ、決定的証拠を掴まなきゃ」
早苗は兄に誓った。
自分の操を自分で守ってみせる。
兄への思いを完遂してみせる。
だって、私は兄さまを愛してるんですもの、と。
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