第3話 ケンガルの傲慢
映像はやがて、慣れない馬に乗って一人領地を回るシャノンを映し出す。
ドレスは色あせて泥だらけのボロ布と化し、最早奴隷の服と言っても遜色ない状況であった。
《領地の見回りも、私の役目でした。
しかも馬車で楽をすることは許されず、雨の日も風の日も熱射の日も、馬に乗りながら必死で務めを果たす日々……
みすぼらしい娘が馬から転げ落ち泥だらけになっている。そう領民たちに嘲笑され石を投げられたことも、一度や二度ではありませんでした。まさか伯爵の婚約者などとは、彼らは夢にも思わなかったでしょう。
それでもケンガル様は私に楽を許さず、何もかもを私に押しつけた》
ここにきて貴族たちの間からは、嗚咽やすすり泣きさえ漏れ始めた。
「なんて酷い……」
「いかに落ちぶれたとはいえ、伯爵家の娘への仕打ちではないぞ」
そして映像を補足するように、アークボルトが淡々と語る。
「そう――この通りシャノン嬢は来る日も来る日もケンガル殿の暴虐に晒され、命の危機さえ感じていた。
そして限界は、刻々と近づいていた」
貴族たちの視線やアークボルトの言葉にも、ケンガルはぶすっと膨れたまま子供のようにそっぽを向いている。
「君たちが何を言っているのか、全く分からないな。
僕はシャノンに対して、当たり前のことをしただけだ。
料理を僕の好みに合わせるのは当然だし、家事は出来て当たり前。出来なかったら殴ってでも躾けなきゃ。
それに僕は、若い将校や貴族たちとの会合でとても忙しい。この腐った国の政を変えるには、並大抵の努力じゃ無理だからね。
だったら、領民たちの管理をするのは妻の役目だ。
ねぇマリー、君だってそう思うだろう?」
微笑みさえ見せながら、マリーゴールドを振り返るケンガル。
しかし彼女は最早恐怖を隠しもせず、ガタガタ震えながら彼を凝視していた。
「わ、私……こんなの無理よ……いや、誰だって無理だわ!
私、絶対にイヤ! そもそも何でシャノンはずっとボロ服ばかり着ているのよ!?
いくらあの子だって、それなりに良いペンダントやドレスは持っていたはずよ?」
「あぁ、僕が全部捨てさせたよ。
無駄な装飾品は、旧時代の貴族の象徴。僕が最も嫌悪するものだ。
あんなものにいつまでも拘っているから、君たち女はいつまで経っても駄目なんだよ」
当然のように吐き捨てるケンガルに、今やマリーゴールドは卒倒しかけていた。
「じゃ、じゃあシャノンはお洒落をしなかったわけじゃなく……
出来なかった、ということ?
貴方、シャノンがお洒落もしないとか文句言ってた癖に!」
「本当の美しさというものは、派手に飾り立てなくとも自然に出てくるものだろう?
マリー、君のようにね」
暗闇の中で当たり前のように笑うケンガル。その眼ははっきりと、マリーゴールドの豊満な胸元を見つめていた。
あまりの生理的嫌悪に、彼女の身体が震え上がる。
あぁ。地位の高い婚約者を、地味な友達からまんまと奪えたと思っていたら――
そいつは、とんでもない怪物だった。
へなへなとその場に座り込んでしまったマリーゴールド。
今映し出されているシャノンの姿は、近い将来の自分。
そう気づいた瞬間、彼女は思わず失禁してしまっていた。
彼女に追いうちをかけるかのように、シャノンの声は響く。
《私はただでさえ声が小さく、なかなか自分の主張ができません。
対してケンガル様は我が強く、弁も立つお方。何かを訴えても直ちに退けられ否定され、時には殴られた為、口論にすらなりませんでした。
元よりこのお屋敷での私の立場など、あってなきが如きもの。親の手前もあって逃げることも出来なかった私は、ケンガル様によってどんどん追いつめられていきました。
そんな時に出会ったのが――
そこにいらっしゃる騎士様。アークボルト様だったのです》
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