第15話 スコップ狂姉妹の実力1

 甲高い虫の音やよくわからない生き物の鳴き声が辺りに響き渡る。


 現在私たちはギルドからそう遠くないところにある山に来ている。ここには冒険者でいうところの中級レベルの魔物たちが蔓延っている。私は遠くなると家に帰るのが面倒くさくなってしまうため、『家周囲にいる魔物でも探して狩ろう』と提案したが、2人に却下された。


「さぁて、ここには良さげな魔物がいそうだぜ」


「そうですね、姉さん。私たちでスコップの良さをリリア様に教えてあげましょう」


 そう言ってシズクは周囲を見回す。だが、面倒臭くなったのか、私に顔を向けてから『索敵をお願いします、レミリア様』と頼み込んできた。


 まあそれくらいならやるけどさぁ、この2人、特にシズクは見かけによらず上司遣いが荒い気がする。


 私はため息を吐いてから右手の親指を噛み切ってから前へと掲げる。


「血よ変化しろ、『血霧ブラッド・ミスト』」


 私の親指からポタポタと血が滴り落ちる。そして、地面にそれが落ちるたびにシュワッと音を立てて霧状に変化していく。 


「これで大丈夫でしょ、あたりに超薄くだけど『紅霧ブラッド・ミスト』を撒いてるから何かあればこれに引っかかると思う」


「索敵魔法のような者ですか?」


 リリアは私の隣で見上げながら問いかけてくる。


「まあそんなところかな。実際私の手から落ちた血が消えてるだけのように見えるけど、超極薄で周辺に広がってるから、それに引っ掛かれば私の元に情報が届くんだよ」


「ほぇー、すごい便利な魔法ですね」


「まあね。ただ、小さい範囲を索敵するならいいんだけど、広範囲を索敵するためにはそれなりに血を消費するんだよね。そこが唯一の欠点かも」


 リリアは『私がやったら貧血になりそうです』と言って笑った。


「どうですか、レミリア様?何か反応はありましたか?」


「ちょいちょい、まだ早いって。そこまで『紅霧』は広がってないから多分もうちょい時間かかりそう」


「シズク、そう焦んなよな!別に魔物たちも逃げるわけじゃねぇんだしさ」


「姉さん、魔物たちは逃げますよ」


 アクアは『そりゃそうか!』と言ってからガッハッハと笑っている。


 そんな様子を眺めていると、広げた紅霧から反応があった。


「ん、ここから少し言ったところに魔物の反応。数は2、3...。全部で5体かな」


「よっしゃ!早速行こうぜ!」


「えぇ、そうですね。早速その場所へ向かいましょう。レミリア様、場所はどこですか?」


 2人は瞳を輝かせて私を見る。どんだけ2人は魔物を相手にしたいのか。


 私は思わず苦笑いを浮かべる。


「場所としてはあっちの方だけど」


 私が指を差した瞬間、2人はリリアをガシッと掴んでから走り出した。遅れてリリアの悲鳴が私の耳に届く。

 

 なんか、2人と出会ってからリリアがめちゃくちゃな扱いをされている気がする。まあリリアも嫌そうな表情はしていないし、ほっといても大丈夫でしょう!って、今はそんなことよりも三人を追いかけないと!


 私は三人の後を追うために強く地面を蹴る。ギュンギュンと速度を上げたことで、周りの景色が高速で切り替わる。私は左右に素早く動きながら前へ前へと進んでいく。山の中だけあってそこら中に木々が生い茂っている。そのため、これ以上速度を出せないでいた。ただ、少しすると三人の背中が見えて来た。


「おぉい!ちょっと待ってよぉぉぉぉ」


 私は走りながら精一杯叫ぶ。


「足を止めたら魔物が逃げちまうぜ。だから絶対に足は止めん!」


「申し訳ないですがレミリア様の命令を聞くわけにはいきません。一刻も早く魔物たちと遭遇しなくてはならないので」


 アクアとシズクはチラリと後ろを振り返ってから再び前を向いた。シズクなんて申し訳ないとか言っときながら少し笑みを浮かべていた。


 こいつ本当に申し訳ないと思っているのだろうか?


 私とスコップ姉妹がやりとりをしている間もリリアの『いやぁぁぁぁぁ、た、助けてくださいぃぃぃぃぃぃ!!!』というなんとも情けない叫び声が夜の森に木霊こだましていた。


「シズク、止まれ!」


 アクアの言葉を合図にシズクとアクアは急停止する。私もやっと2人に追いついた。


「こいつらが私らの獲物か。まあ悪くないな」


「えぇ、姉さん。こいつらをスコップのさびにしてやりましょう」


 2人は背中からスコップを抜き取って正面に構える。それはまるで竹刀を正面に構えているように見えるが、2人が手に持っているのは土を掘り起こすために使われるスコップだ。そのせいで少しかっこ悪く見えてしまう。


 リリアはとことこと私の元まで小走りでくる。


「れ、レミリアさん...。怖かったですぅ...」


「あぁ、まあ2人に悪気があったわけではないと思うからそこは多めに見てほしいな」


 私はリリアの頭を優しく撫でる。私がリリアを撫でていると、リリアは少し不安そうな表情で口を開いた。


「その、そこまで心配はしていないのですが、2人であれを倒すことはできるのでしょうか?」


 リリアは2人が対峙している魔物たちに目を向ける。そこには漆黒の毛で覆われた狼たちが唸り声を上げてこちらを見ていた。数は5頭。それらはその漆黒の体毛にちなんで影狼シャドウウルフなんて呼ばれている。俊敏性が高く、そしてとある特徴を持っていることから冒険者の中でも中堅以上で相手取らなければならないくらいの強さを有している。


 私はぽんぽんとリリアの頭を叩きながら『大丈夫だから2人の闘い方を見ておきな』と声をかけた。リリアはコクリと頷いてからじっとその戦況を観察する。


 2人と5頭の間を静寂が支配する。聞こえてくるのは風に煽られた木々の擦れる音のみ。

そして、最初に動き出したのは姉のアクアだった。いや、あれは動き出したというよりも痺れを切らして突撃したと言ったほうが正しいのかもしれない。


 アクアはスコップを片手に5頭のシャドウウルフへと突進する。


「おらぁ、喧嘩上等!かかって来やがれぇ!」


 その言葉を合図に戦闘が開始した。


 シャドウウルフ1頭がアクアへと飛びかかる。


「はっ、洒落くせぇ!」


 アクアは向かってくるシャドウウルフの顔面へと高速でスコップを振るう。高速で振られたスコップの面がシャドウウルフの顔面へとクリーンヒットした瞬間、轟音と共にシャドウウルフの頭が弾け飛んだ。


「うわぁ相変わらずすごい戦闘の仕方をするなぁ。ほんと、力こそ強さみたいな戦い方なんだよね」


「そ、そうですね」


 隣でリリアが若干引いている。


 アクアの横を通過したシャドウウルフ二頭が後方にいたシズクへと迫る。だが、シズクはスコップを正面に構えたまま動かない。それを見たリリアは少し焦っているようだけど、問題ない。荒々しい津波のような戦い方をするアクアと違ってシズクは水面みなもに浮かぶ波紋のように静かなのだ。


 シャドウウルフが前足で引っ掻いてきた。それをシズクはスコップの面で滑らせるようにして受け流す。そして受け流したそのままの流れでスコップによってそのシャドウウルフの首を落とす。


「どうしたのですか?来ないのですか?」


 目の前で仲間がやられてシャドウウルフが前へ出ることを躊躇っている。


「来ないのであれば、こちらから行かせていただきます」


 シズクは強く一歩踏み込む。ただそれだけでシズクとシャドウウルフの間にあった距離があっという間に詰められる。シャドウウルフからしてみれば急に目の前に出てきたようなものだろう。私でもシャドウウルフが驚いているのがわかった。


「ふっ」


 シズクは短く息を吐き、シャドウウルフの顎に向けてスコップを振り上げる。スコップは迷いなく顎に直撃し、シャドウウルフを上空に飛ばす。


「これで終わりと思わないでください」


 シズクは高く跳び上がり、上空に放たれたシャドウウルフへと迫り、今度は上段から思い切り振り下ろす。振り下ろされたスコップはまたしても頭に直撃し、シャドウウルフは地上へと思い切り叩きつけられてピクリとも動かなくなった。


「す、すごいです。スコップをあそこまで使いこなすなんて...」


「あれができるのは多分この世界でも2人だけだと思うけどなぁ。まあ、すごいってのは否定しないよ」


 私たちはあっという間に3頭を片付けた2人に視線を向ける。


「さて、残り2頭もちゃちゃっと片付けちゃおうぜ」


「えぇ、姉さん。私たち姉妹に歯向かう者は皆地獄に送りましょう」


 2人は隣に並び立ち、再びスコップを構えた。





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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。次回の更新は3月5日になります。

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