第1話 職場崩壊と1人の少女
「んぁぁ」
私は黒くシンプルな棺桶の中から伸びをしながら起き上がった。辺りを見回すと、所々に埃が被っており、長年放置されていたことがわかる。部屋は至ってシンプルで、魔力によって灯された光が点々と壁に取り付けられ、全体的に薄暗い印象を持つ。床や壁は灰色の石で覆われており、100人に聞いて90人はこの部屋を見て『牢屋』と答えると思う。棺桶以外には本棚と机が並んでいるだけでとても生活感があるとは言えない。だが、この部屋は紛れもなく私の部屋だ。扉の代わりに上へと続く木の梯子が取り付けられているが、おそらくそれも腐っているのではないかと思う。
「私、どれだけ寝てたんだろ」
私は『よいしょっ』と呟きながら棺桶から外へ出る。久しぶりに体を動かしたからか、体の関節という関節からポキポキと音が鳴る。試しに首を回してみるとゴキゴキっと周りが聞けば心配になるような音がした。
地上へ出るため、梯子へと歩いていく。その度に降り積もった埃は宙を舞う。
「そろそろ魔王軍と人の戦争が終わってればいいんだけどなぁ」
私は外の音が聞こえないか意識を向ける。だが、外からは何も聞こえない。いや、もし何かあったとしてもここまでは音が聞こえてこない。なぜならこの部屋は完全防音で、その名の通り外からの音も中からの音も聞こえないように同僚の四天王に頼んだのだから。
だってせっかくの眠りを妨げられたら嫌じゃん?
「ま、外に出て見ないことには始まらないかな。とりあえず梯子で上に上がろっと」
私は見るからにボロボロになった梯子に手をかけて登っていく。その間も壊してしまわないように細心の注意を払う。
私は上開きの扉を手で押して開けようとする。だが、通常の力で押してもびくともしない。感覚的には扉の上で何かが邪魔をしている気がする。
私は一度梯子から飛び降りて地に降り立つと軽く数回ジャンプする。
「よし、いける」
その掛け声と同時に私は扉に向かって思いっきり蹴りを放つ。地面と体が真反対の方向を向くがそんなこと関係ないというように重力を無視して私の体は砲弾のように射出される。ドガンッと派手な音を立てて扉が吹き飛ぶ。少々強く蹴りすぎたのか、扉周囲の天井も吹き飛んでいた。
私は部屋を飛び出て地上に着地して周囲を見回す。
「は?どゆこと?」
私の目に飛び込んできた光景、それは元々あった立派な魔王城が残骸となった姿だった。見た感じ同僚や魔王が使役していた魔物たちが見当たらない。
私はしゃがんでから適当に魔王城の壁だったであろう石を拾い上げる。それから無造作にそれを握りつぶす。拾い上げた石は何の抵抗もなくパラパラと砕け散った。
「んー、流石に脆すぎる。てことは私が寝てから起きるまで相当な時間が経過したのかな?誰かに聞かなきゃわからないや」
周囲を歩いて探索してみる。と言ってもほんとに軽く見て回る程度だ。
「うーん、面倒ごとが嫌いで人間との戦争を寝て過ごすつもりだったけど寝すぎたかなぁ」
自分で言ってて乾いた笑い声しか出てこない。これではまるで給料泥棒だ。四天王の名が泣いてしまう。というかまさに給料泥棒だ。
「てかあの戦力でなんで負けたんだ?確か人間側にも勇者とか言われてるやつがいた気がするけど...。あの数相手なら勇者に遅れを取ることないと思ってたけどそうじゃなかったのかな...」
今考えてもよくわからない。同僚たちが生きているのであれば話を聞いて見たいものだ。街に出てみればもしかしたらわかるかもしれない。だが、元魔王軍という立場的に街が歓迎してくれるだろうか?否、それは少なくともあり得ないだろう。かつて滅ぼしあった仲なのに御手手繋いで仲良くしましょうなんて虫が良すぎる気がする。
そんなこんなで周囲を探索し続けてみるが、あまり成果は得られなかった。
「ふむ、これからどうしよう」
私が頭の中であれこれと考えていると、背後に気配を感じた。その者は私の姿を見て動揺しているのが気配から伝わってくる。
「え、ひ、人?なんでこんなところに...」
私の背後からそんな声が聞こえてくる。声からして少女のものだと推測できる。
私はゆっくりと振り返ってその者と対峙する。すると、少女はビクッと肩を震わせてからワナワナと震え始める。
「え、う、嘘?白銀の髪に血のように真っ赤に染まった瞳。透き通るような肌、口に見える鋭い牙...。もしかして吸血鬼...ですか??」
私の外見を事細かに説明してくれた。そんなに細かく言わなくてもいいとは思うけど。
「そう、私はあなたの言う通り吸血姫よ!」
少しキメ顔でそう言った。
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