妖精さんと呼ばれる男

維 黎

じゃぱにーずびじねすまん

 世間でハロウィンを迎える頃には、すでに正月戦線真っ只中というところも珍しくはない。

 それは大手だけの話ではない。いや、むしろ中小の方がその激務は比ぶべくもないとも言える。

 とある通販会社の食品部門から委託を受けたコールセンター業務会社。

 それほど大きくはない雑居ビルのワンフロアーぶち抜きで設けられた一室に用意された31台のPC。そのすべてに老若男女――とは言い過ぎだが、20代前半から50代ともおぼしき姿の者がヘッドセットをつけて腰かけている。


 PC有名なラーメン店のように仕切りで区切られ、前後左右を気にせず客と1対1の商談かいわに専念できるようになっている。


「――はい、ありがとうございますッ! 商品番号イ・35468の和・洋・中の三段重のおせちですね――え? 20個ッ!? あ、ありがとうございます! 複数個所の配達ですか? えぇ、もちろんできますよ――」

「はい、はい、ええ。しっかりと冷凍保存されて12月30日か31日にはお届けさせていた――申し訳ございません。当社ではどちらかの日付指定は出来かねます――」

「え? 半チャーハンセットに単品でエビシュウマイ? いえ、私ども『カクヨムショッピング』では出前等は承っておりません。どこかとお掛け間違いになられているのでは?」


 盛況である。

 ここ10年ほどで急激におせち需要が高まってきている為、今の時期はお歳暮商品と二分するほどだ。

 さて。

 喧々囂々けんけんごうごうたる30台のPCとは別に、まるで隔離されているかのようなおもむきで、フロアーの角にピタリとつけられた端末が1台。それに腰かけているのは50代前後アラフィフの男。

 他の30台のPCがラーメン店のようであるなら、こちらはネットカフェといった感じだろうか。

 個室――というか、個別状態。

 他の者たちとは別業務だろうかと思いきや、ちゃんとヘッドセットはつけている。が、なぜか無言。

 ここはコールセンターなのだが。


 しかし、無言であっても無音ではないようで、時々マウスをクリックする音がカチカチと微かに聞き取れる。

 画面にはトランプのカードが何列か縦に並んでいる。

(※作者からのお願い。以下三行はジョジョのナレーション風なイメージでお読みください)


 仕事中、まさかのソリティア!

 今は改めてダウンロードしないと初期では入っていないというのにッ!

 この男は業務端末に勝手にダウンロードしたことになるッ!


 突然、男は何かを察したのか姿勢を正すとソリティアをバックグラウンドに回して本来の受託画面に戻る。

 当然ながらCALLアイコンは着信を示す点滅状態。同時にヘッドセットにも着信音が鳴るはずなので、男は無視し続けてソリティアをやっていたことになる。ある意味凄い豪胆さと言えよう。


 なぜ男がソリティアを隠したか(やめてはいない)といえば、巡回が来たからだ。

 時折、機械ハード的、もしくは人為ソフト的な面でトラブルが起こってないか上司監督者が見回りをしているのだ。


「――はい。お電話ありがとございます。はい、おせつうけたまわています。ではお名前か――は? 注文まだ? 聞きたいことある? はぁ。なんでしょか――」


 全く覇気がない。あと、所々で話し方がイラッとさせる口調。会話のテンポも遅い。

 このコール受信業務のオペレーター自身には明確なノルマはなく、厳罰や減俸はないが一応、目安として受信件数のノルマはある。

 一日80件。8時間勤務で計算して1時間に10件。6分で1件のペース。1件当たりの所要時間が短いと思うかもしれないが、掛かってくる案件の大半が購入する意思をもっているので、セールストークは必要なく、事務手続きに即入ることが多い。慣れた熟練の者であれば3桁の大台に乗せる者もいる。


 男とはと言えば。

 一日平均20件。驚異的である。

 いくら厳罰や減俸がないとはいっても注意勧告が入り、改善の見込みがないようであれば退職くびになりかねないほどに。

 しかしなぜだか男は今もまだここにいる。

 まったく仕事をしない訳でもないが、ちゃんと仕事量をこなしているのかと言えば、否である。そのくせ時給は主任クラス。

 

 妖精さん。


 いつのころからか男はそう呼ばれている。

 本日の業務終了まであと1時間ほど。現在まで妖精の受信件数は12件。いつもと変わらぬ日を務めたようだ。



※妖精さん

 ウィキペディア フリー百科事典「働かないおじさん」より参照





――あなたの職場にも妖精さんがいるかもしれません。心当たりはありませんか?



               ――了――


 

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