後始末の春
そうざ
Cleaning up in Spring
風に
団地の裏手はいつも寂しい。陽射しの傾き始めた今時分ともなると、
『彼女』の視線の先、十メートルくらい下の冷たいアスファルトに『女の子』が大の字に近い格好で仰向けになっている。
ほんの数秒前まで『女の子』はこの世にいたが、あっと言う間に向こう側の存在になってしまった。まだ光の
制服が捲くれ、青白い太股が覗いている。『彼女』はそれを直してあげたいと思っていた。しかし、『女の子』の頭から流れ出した液体がゆっくりと地面に模様を描き始めるのを見詰めている
「おっ、オイラが一番乗りかっ。こいつぁ、春から縁起が良いわい」
いつの間にか『女の子』の
男は『女の子』の全身を嘗めるように観察しながら、まだ若いのに
焦げ茶色の革靴、紺色のハイソックス、クリーム色のセーター、首元の赤いリボン、そして、チェック柄のスカートへと
男がスカートのホックに
「よう~、早いやないか。ワシの取り分も残しといてくれや」
「何を言いやがる。こういうもんは早い者勝ちと決まってるだろうが」
痩せぎすの男は
二人の男は、目のやり場に困っている『彼女』には全く気付かず、勝手な会話を続ける。
「ほほっ、可愛らしい下着だ。桜の季節にぴったりだ」
「せめてそれくらいはワシにくれても
「そうか、こっちはあんなの専門だったな。譲ってやるよ」
その言葉を聞いた小太りの男は、嬉々としてパンツを脱がし始めた。
『彼女』は更に恥ずかしくなり、この場を立ち去りたい気分になった。
「やややっ、沁みが付いとるがなっ」
「ははっ、残念やったな。まぁ、しょうがないだろ、拾い物なんだから」
「ちゃうちゃう、逆に高値が付くんや」
「はぁ、そういうもんかね」
「そういうもんやでぇ、世の中は」
『女の子』は半身を起こされ、ブラジャーも取られてしまい、遂に丸裸になってしまった。申し訳程度の乳房の膨らみ、寸胴でO脚、全体的に余分な肉が付いている。どこにも良い点のない見苦しい身体だと『彼女』は思った。
「これはこれはお二人さん。相変わらず仕事が速いですね」
今度は、白衣を
一団の一人が、
「主任、宜しいんですか? あんなハイエナみたいな連中をいつまでものさばらせておいて」
主任は、眼鏡のフレームを触りながら言う。
「問題ないでしょう。
一団の軽い笑いで場が包まれた。
「では、連中に負けないよう迅速に作業に当たって下さい。いつものように時間との勝負です」
主任の一声で全員がてきぱきと動き出した。『女の子』の肌にへばり付いた桜の花弁をピンセットで一枚一枚、除去する者、
「誰か眼球を摘出して下さい。私は胸部から腹部に掛けて切開します」
主任の指示が出るや否や、
やっぱり煙草を吸わない人の肺は良い色だね、胃袋が空っぽだ、ダイエット中だったのかな、処女膜を確認、未使用の美品です――などと会話が交わされる間も『彼女』の周りに出来た血溜まりは不定形な模様を描き続けている。
「採血の方もしっかりお願いします。一滴たりとも無駄にしてはいけません」
主任の叱咤に一同がはきはきと応える。『女の子』の中から取り出された数々の臓器は
「主任、頭蓋は確保しますか? 損傷が激しいのですが」
「損傷の程度に関わらず骨の
「主任、断裂した筋繊維は
「確保です。それと皮膚も可能な限り剥がして下さい。使えるものは全て頂戴します」
最早『女の子』は原型を
「見て下さい、主任。キューティクルも綺麗な黒髪です。これも採取の方向で宜しいでしょうか?」
「勿論です」
隅の方で作業をしている団員達が、ひそひそ話をしている。
「掃除屋じゃあるまいし、こんなに何から何まで採取しなくたって」
「主任が研究の名目で採取した物を横流ししてるって噂は……」
「砕けた骨は
「そうでなけりゃ、歯だの爪だのまで……」
「迅速にお願いしますよっ」
主任の一喝に、団員の背筋が一斉に伸びた。
「主任、採取が完了しましたっ」
「ご苦労様。撤収しましょう」
花嵐のようにやって来た白い一団は、本物の花嵐と共に去って行った。
アスファルトに描かれたアメーバの如き様相の黒ずみの中に、『女の子』の痕跡が僅かに残っていた。そこに、桜の花弁が止め処なく降り注ぐ。
間もなく、次の来訪者が現れた。手拭いを被った老婆だった。ぼそぼそと念仏のようなものを唱えながら、血糊に張り付いた髪の毛を慎重に剥がして回り、肩に掛けた
程なく、よれよれのシャツにだぼだぼのズボン、手に紙袋を提げた
「お
老婆は深々と会釈を返すと、また黙々と髪を拾いを始める。
老人は四つん這いになると、衣服が汚れるのも気にせず這い回り、
互いに互いの存在を肯定も否定もしない。
そこへ、
いつしか夕闇が迫り、一帯を支配していた日陰もその領地を夜へと明け渡していた。
遂に来訪者は絶えてしまった。残っているのは、乾き始めた体液の沁みと、そこに集まる何匹かの蝿と、そして『彼女』だけになってしまった。
『女の子』は幸福だった。
『彼女』は堪らなく寂しくなり、孤独の中に
完全に肉体を失った『彼女』は、自分がもう転用も再利用も廃棄の対象にもならない
『彼女』は、ほんの
後始末の春 そうざ @so-za
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