【短編】ナイスドラム缶 公園侵略大作戦

キハンバシミナミ

ナイスドラム缶 公園侵略大作戦

「オイッチニッ、サンシ、手を横に伸ばして屈伸運動から」


 俺は日課のラジオ体操に汗を流している。ここは町の中心部にある公園の広場だ。広場は広くて運動するにも何をするにも丁度いい。


 仲間は大勢いる。この広場でみんなで汗を流している。とても素晴らしい。


「おい、ラムくんよぅ。手が止まっているぞ」


 この広場でからなず横になるおじさんが声をかけてきた。

 おじさん、いやおじいさんと言ってもいい年齢だ。頭は禿げててツルツルだ。名前はシゲさんという。


「シゲさん、ラムくんが怯えているじゃない。もう仕方ないんだから」


 横からタマオさんが助けてくれた。五十は超えていて、声も大きくて、そして体も大きい。すごい所は、近くの人とずっと話をしているのに手が止まることがない。


「そうは言ってもよ、気になるじゃねぇか。いつもこの動きの時はこいつ動きが止まるんだよ」


 タマオさんに聞いたところによると、シゲさんは完全に禿げてはいないから毎日剃っているらしい。たまに眠そうな顔をしている時は頭の横あたりに黒いものが見える気がする。


 俺か、俺はそういうことはない。ツルツルだ。正確に伝えると、ドラム缶なのだから毛の生えようがない。

 もし毛の生えているドラム缶を見つけたら、ぜひ教えてほしい。


 ラムくんというのはドラム缶から採っている。決してそれ以上の意味は無い。俺の塗装が黒と黄色のストライプなのも偶然だ。


「ラムくんはドラム缶なのに細かいけぇ気にするんだな」


「もう、シゲさんたら、ラムくん困っているじゃない。みんな違っていいのよ。苦手な動きだってあるわ」


 俺がシゲさんの頭について考えて(他も少し)いたなんて言えないけど。その様子を勘違いしたのかタマオさんにまた庇って貰った。心の中で謝っておこう。


 タマオさんは優しいし気が利く。俺がシゲさんの言葉で困るのも無理はないと理解してくれている。それが嬉しい。


 さっきの告白通り嘘偽り無く俺はドラム缶だ。つまり体が鋼なのだ。この体は俺の自慢だ。錆びにくい、丸い、丈夫、他にもいろいろある。唯一と言っていい弱点は前屈ができないことだ。


 前屈をすると転がってしまう。ドラム缶だから。


 この世界は八割が人間だ。残り二割はドラム缶が多くて他にも段ボールがいる。奴らは可哀想だ。雨に弱い。だからインドア派が大半だ。外はこんなに気持ちがいいのに損してるなと思う。


 俺はドラム缶だから分からないが、奴らには奴らの良いところがあるはずだ。


 まぁそれもタマオさんが言う、みんな違っていいというやつだ。本当はみんなちがってみんないいだと思うんだけど、それは言わない。


 そんなことを考えている間にラジオ体操は終わった。


「じゃあ、また明日」「また明日」


 毎日の繰り返しが心地いい。これがずっと続けばいいのに。


——


「おはよー」「おはようタマオさん」「おうっ、おはようラムくん」「おはようシゲさん」他にも大勢の人と声を掛け合う。


 いつもの毎日の始まりだ。爽やかな空気を体に充填しよう。と思ったが、今日はいつもと様子が違った。


「あの人達なんでしょう。ラジオ体操なら一緒にやればいいのに」


 コウヘイさんが言った。コウヘイさんはちょっと若い。髪の毛もたくさんあって、タマオさんに若作りばかりしてっていつもからかわれている。


 ドラム缶には若作りというものがない。古くなったらリサイクルして新しいドラム缶にだってなれるのだ。それにちゃんとすれば長持ちだ。中には不精してボロボロになっているのもいるけど、それを見かけると残念に思う。


 それはともかく俺は広場の向こうを見た。


 ちょうど反対側にある木陰に十人くらいの人が集まっていて、何やらゆっくりと動いている。柔軟体操みたいな違うような、変な動きだ。中にドラム缶までいる。あれは俺と同類の鋼製だ。中身は何だろうか。軽油なら同類だな。


「あぁ、あれは太極拳かな。あれもいいもんだぞ」


 シゲさんが言う。シゲさんはその太極拳というものを知っている見たいだ。俺は知らない。ドラム缶として生を受けて数年、今まで見たことも聞いたこともなかった。


 いつの間にかシゲさんだけでなくタマオさんもコウヘイさんも向こうを見てた。


「あぁ、あれがそうなのね。元は中国の武道か何かでしょ」


 タマオさんがシゲさんと話してた。シゲさんは何だかいろいろなことに詳しい。大抵のことは知っていたり、知らなくても次の日には教えてくれる。知ったかぶりなのよとタマオさんは笑っていたが。


 俺にはそんな事はどうでもよかった。武道というのは人を倒す方法だ。俺達ドラム缶で言うと警備ドラム缶に内蔵された麻痺銃パラライザーのようなものだろうか。朝の爽やかな時間なのに人を倒す訓練をするなんて。そうそう警備ドラム缶ってのは……まぁその事はいいや。


 そういえば俺が作られたときに戦国時代好きな工場の人が話してくれた事があったぞ。


「違う、違うぞラムくん。あの人達のは激しいのじゃない。ラジオ体操と同じで健康体操みたいなものだ」


 俺が戦術的陣形について思い出していると、シゲさんが教えてくれた。シゲさんは心が読めるのだろうか。俺が疑問に思うことをすぐに解決してくれる。


「へー、面白そうよね。ゆっくり動くのってどんなのかしら」


 タマオさんが笑って言った。この人はどんな時も笑顔だ。なのに俺は何だか不安を感じた。心まで鋼製のドラム缶なのに。


——


「おうっ、おはようラムくん」「おはようシゲさん」他にも大勢の人も声を掛け合う。


「あれ、タマオさんは?」


 今日はタマオさんがいなかった。風邪でも引いたのかな。あのタマオさんが体調を崩すなんて信じられないが。時にドラム缶の俺よりも丈夫なんじゃないかっていうくらいだ。周りもそう言って皆で笑っている。


 誰でも都合が悪い日はあるさ。さぁ楽しい朝の始まりだ。


「オイッチニッ、サンシ、手を横に伸ばして屈伸運動から」


 俺はいつものようにラジオ体操だ。みんなと一緒で楽しい。と思っていたんだけど。俺は衝撃を受けたんだ。こんな衝撃は運搬車の荷台で揺られて山道に入ったとき以来だ。


「太極拳のところにタマオさんがいる」


 タマオさんは笑いながらゆっくり動いていた。次の日も、また次の日もタマオさんは太極拳をやっていた。


 シゲさんは色々なことを経験するのはいいことだと、やっぱり笑っていたけど。少しだけ寂しげだった。


「あっ、向こうのドラム缶が笑っている」


 この世界の人口の二割近くはドラム缶だ。居てもおかしくない。だけど、こちらを見て何やら気になる笑いを浮かべている。


 数日すると太極拳をやる人が増えて、その分ラジオ体操をやる人が減った。何だか悔しい。


 別に太極拳は悪くない。シゲさんはラジオ体操も太極拳もとっても体にいいんだって、そう言ってた。


 でも俺は寂しかった。どれくらいかというと、中身の軽油が少しこぼれるくらい。


「ラムくんもやってみるか、太極拳。付き合うぞ」

 シゲさんは誘ってくれたけど、断った。


 ここは戦場なのだ。ラジオ体操と太極拳、ドラム缶とドラム缶、俺の知っている戦術法がうなるときだ。


「シゲさん、作戦を立てましょう」

「お、おぅ? 何か作戦が必要なのか」

「もちろんです。明日からやりますよ」


 中身の軽油が揮発するほどに熱くなった俺は、シゲさんに提案した。


——


「おうっ、おはようラムくん」「おはようシゲさん、今日からあの陣形……」「任せとけ」他にも大勢の人にも声を掛け合う。


「ふふっ、少ない人数を多く見せる鶴翼の陣形だ。これで場の流れは俺のものだ」

「ら、ラムくん。それは違うぞ。まぁ別に戦っているわけじゃないからいいんだが」


 シゲさんが何か話しかけてきた。でもラジオ体操の時間だ。また後で話をしよう。


 太極拳側は今日はゆっくりと準備しているのが分かった。俺は腕を振る体操をしながら、太極拳のドラム缶が慌てているんじゃないかと様子を窺っていた。


「何だあれは」俺は思わず声が出た。


「あれは魚鱗の陣という奴だな」

 シゲさんは物知りだった。


 太極拳の人達はひとかたまりになって、ラジオ体操仲間に作って貰った鶴翼の陣の翼にいる人達に話しかけている。


 俺は完全にしてやられてしまった。シゲさんに鶴翼の陣形は兵力が多いときに相手を包み込む陣形と指摘され、余計に落ち込んだ。作戦失敗だ。


 俺はその晩悔しさで眠れなかった。そして、しかみ顔の自画像をボディに書こうか真剣に悩んだ。


 この際だから正直に言う。太極拳もやってみたかった。


 向こうのドラム缶もラジオ体操が気になっているみたいだ。こっちをチラチラ見てくる。あれから一ヶ月経って、今では同じくらいの人達がそれぞれ固まっている。


 まだ勝負はこれからだ。俺は諦めない。


 でも互いに牽制し合っている場合じゃないって気づいたんだ。


——


「おはよう」「おはようございます」


 最近やけに歩いている人が多い気がする。みんなラジオ体操に向かうのだろうか、それとも太極拳だろうか。走っている人もいるから遠くに会場があるのだろう。


 そんな遠くに行くくらいなら俺のいる広場でいいのに、ラジオ体操も太極拳もやっているんだから。


 今ではすっかり棲み分けして、広場の東側と西側に別れている。中には今日はラジオ体操、明日は太極拳なんて人もいて和気あいあいといった感じだ。


 でも俺は気付いている。こんなんじゃだめだ。生ぬるい馴れ合いでは発展しない。ラジオ体操の未来のためにはいつか巻き返しを図らなくては。


 ……まぁ今日のところはいいにしよう。


 ところで最近ラジオ体操も太極拳も人が減っている気がする。


 物知りなシゲさんも最近来ていないから理由を聞けないでいる。シゲさんならすぐに教えてくれそうなのに。


 さりげなく向こうのドラム缶とアイコンタクトをするが、原因は分からない。俺のせいじゃない。でも向こうのドラム缶でもない。分からない。みんなに嫌われるようなことをしただろうか。


 ある日、思い切ってコウヘイさんに尋ねてみた。タマオさんは太極拳をずっとやっていて、滅多にラジオ体操に来なくなったから話しづらいし、シゲさんは今日もいない。


「最近はウォーキングとかランニングが流行っててね。みんな歩いているんだよ。ほら、歩いたり走ったりは自分の好きな時間にできるだろ。そこがいいのさ。シゲさんも最近はウォーキングにハマっているらしいぞ」

 コウヘイさんが教えてくれた。


 翌日もその翌日もシゲさんはいない。ラジオ体操に来なくなってしまった。ウォーキングにハマっているのは本当なのだろうか。


 歩いたり走ったりしている人はラジオ体操をしていてもよく目に入るようになった。俺は気になってラジオ体操に集中できない。


 走っている中にはドラム缶もいた。俺と同じ鋼製だけど、俺よりもスリムだ。いや規格は同じはずだから、きっと気のせいだろう。俺達は鋼の体だから。


 シゲさんも見つけた。コウヘイさんの言うとおりウォーキングをしていた。シゲさんはすまなそうな顔を俺に向けながら、歩いていった。


——



 ある日のことだ。



 公園に入れなくなった。入り口にバリケードが作られ、看板が立ててある。


 シゲさんとタマオさんとコウヘイさんがその前にいた。


「急に工事することになったらしいな。水が出て陥没の危険があるらしい」


 シゲさん達が困り顔で話をしている。バリケードの向こうに工事に使う重機がたくさんある。奴らはものも言わずそこに居る。


 後ろを見ると太極拳ドラム缶とランニングドラム缶がいた。複雑な顔をしていた。


 互いに顔を見合わせ、頷いた。そして俺達の思いは一つになった。


 翌日、俺達は重機の横に工事現場用ドラム缶として並んだ。早く工事を終わらせよう。


 そうさ。俺達はナイスなドラム缶だ。

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