気心の知れた夕食会、だったんだけど

「……ジルベルト様がおっしゃったように、あまりよろしくない状況でした」

「そっか……」


 イルゼの報告に、僕は肩を落とす。

 プライベートビーチで遊んだ後、僕はイルゼにお願いしてこの国の情勢について調べてもらった。


 彼女も、昨日の晩餐会で給仕として働いたので、あらかじめ人脈を作っておいてくれたのが功を奏した。

 というか、こういったことを見越して動けるイルゼ、本当に優秀ですごいよね。


 それで、イルゼの調査結果についてだけど、アントニオ王子とマッシモ王子の後継者争いに関しては、昨夜貴族達が噂していたとおりで、その大きな理由の一つに、考え方が根本的に食い違っているということがあるみたいだ。


 引き続き、ガベロット海洋王国の主産業である戦争をしている国などの軍事国家との取引を重視するアントニオ王子に対し、先祖が海賊であることを誇りとしているマッシモ王子は、この国を強国にしたいという思想の持ち主らしい。


 で、この国の貴族達は、建国時からの古参の貴族はマッシモ王子を、比較的新しい貴族や代替わりしたばかりの若い貴族などは、アントニオ王子を支持しており、完全に国が真っ二つに分かれている状態とのことだ。


 そんな状況であるにもかかわらず、フランチェスコ国王自身が、この二人の争いに口出しをすることなく放置しているというのも、それに拍車をかけている要因となっている。


「……フランチェスコ国王も、一体何を考えているんだろう」

「分かりません。ですが、少なくともこのままでは、当初の目的だった流通経路の確保は難しいものと思われます」

「だよねー……」


 まあ、今となってはそんなことよりも、ジル先輩のほうが心配だ。

 僕は……あの砂浜で見た、涙をこぼしたジル先輩の、悲しそうな表情が脳裏に焼き付いて離れない。


「ルイ様……さすがにこれは、昨夜とは状況が違うと思われます。こちらの目的も果たせなくなった以上、巻き込まれる前にこちらを去るのが得策かと……」

「…………………………」


 イルゼは、おずおずと僕の顔をのぞき込む。


 だけど。


「……夕食の後にでも、ジル先輩と話をしてみるよ。その上で、僕達にどうすることもできないようだったら、その時は……帝国に帰ろう」

「……かしこまりました」

「……ん」


 イルゼだけでなく、カレンも寂しそうな表情で頷いた。


 ◇


「えへへ、今日もたくさん食べてね! おかわりだっていくらでもあるんだから!」


 昨夜と同様、テーブルの上に所狭しと並べられている料理の数々を、ジル先輩は両手を広げてアピールする。

 なお、今日のジル先輩は昨夜のドレス姿から打って変わり、出迎えてくれた時と同じようにブラウスとホットパンツ、それにサスペンダーをつけている。


 昨日の姿は見違えるほど綺麗だと思ったけど、僕としては今のボーイッシュな姿のほうがしっくりくるなあ。可愛い。


「え、ええと……国王陛下やアントニオ殿下、それにマッシモ殿下は……?」

「……父様は自室で療養中、アントニオ兄様は商談、マッシモ兄様は知らないよ」

「そ、そうですか……」


 眉根を寄せるジル先輩を見て、僕も思わず口をつぐんだ。

 昨夜のこともそうだし、あのプライベートビーチでのこともあるのに、何を余計なこと聞いているんだよ……。


「さ、さあ! 夕食は僕達四人だけなんだから、楽しく食べよ!」

「ジルベルト様、私は給仕のほうに回らせていただき……」

「駄目だよイルゼちゃん。昨日は晩餐会って事情があったから仕方なかったけど、そもそも君だってボクの大事なお客様なんだからね。だから……一緒に食べよ?」

「……かしこまりました」


 手を取りお願いするジル先輩に、イルゼもやむなく頷いた。

 でも、本来は従者であるイルゼに、ジル先輩がここまで心を配ってくれたんだ。彼女だって嬉しくないはずがないし、だからこそ断り切れなかったんだよね。


 ジル先輩の心遣い、それを受け入れたイルゼの気持ち、そのどちらも尊くて、僕は胸が温かくなる。


「……ん、早く食べよ」


 そんな空気を一切読まず、カレンはナイフとフォークを握りしめながら、催促をする。

 見た目同様、どうにも子どもっぽい彼女に、僕はどうしても微笑んでしまう。


 同い年なのに、兄と妹……いや、父親と娘くらいの感覚なんだけど。

 おかしいなあ。僕、前世でも独身でDTだったのに。


 まあいいや。


「あはは、カレンちゃんも待ちきれないみたいだから、食べよ」


 苦笑するジル先輩の合図で、四人水入らずの夕食会がスタートした。


 だけど。


「……っ!?」


 口に含んだオードブルを飲み込んだ瞬間、喉の奥が焼けるように熱い。

 こ、これ……って……。


「がふ……っ」

「っ!? ルイ様!?」

「ルー君!?」

「マスター!?」


 僕は、口から血を吐き、テーブルに突っ伏すと。


 ――目の前が、真っ暗になった。

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