奪われた夏休み(の予定)
「みなさん、明日から夏休みとなりますが、誇り高い帝立学院の生徒であるという自覚を忘れずに、日々研鑽を怠ることのないようにお願いします」
ナウマン先生のこの言葉を最後に、とうとう帝立学院一年生の前期授業が全て終了した。
いやあ……たった五か月とはいえ、大変だったなあ……。
入学早々、ソフィアに絡まれた舞踏会を皮切りに、オフィーリアとの一騎討ち、エレオノーラの革命の阻止、ボルゴニア王国で起きた石化事件、期末試験でのカレンの暴走……下手なゲームシナリオよりイベント目白押しじゃない?
というかこんなの、普通に三部作くらいあってもおかしくないくらいのボリュームなんだけど。
また困ったことに、これで『醜いオークの逆襲』の本編の四年前なんだから、目も当てられない。
むしろ本編シナリオのほうが内容薄いよね? どうなっているの、これ。
「ハア……とにかく、これで一か月はのんびりできるね」
「はい」
隣に座るイルゼが頷く。
「そういえばイルゼ、夏休みは実家に帰らなくて、本当に大丈夫なの?」
「もちろんです。私の場所は、ルイ様の隣だけですので」
胸に手を当てながら、イルゼがお辞儀をする。
そう言ってくれるのは僕としてもすごく嬉しいけど、やっぱり実家が恋しかったりしないのかな……。
一応、オットー皇帝は息子である僕を溺愛してくれるけど、だからといって家族らしい付き合いはないに等しい。
ただ、お金や権力だけ与えて満足しているようなものだからね。
僕としてはそっちのほうが気楽だし、僕自身は西方諸国への侵略を望んでいない以上、将来的に皇帝とは敵対することになるかもしれないし。
それに……前世でも、家族とは散々だったからなあ……。
「ルイ様……?」
「え? あ、ああ、ごめんごめん。ついボーッとしてたよ」
顔を
いけない、彼女を心配させてどうするんだよ。
すると。
「ルートヴィヒ……」
珍しく神妙な面持ちで声をかけてきたオフィーリア。
いつもは竹を割ったような性格だけに、ちょっと気になる……ものの、嫌な予感しかしない。
「さ、さあて、僕達も急いで帰る準備をしないと。オフィーリア、また夏休み明けの後期で」
「ま、待ってくれ!」
僕は素早く席を立ち、そそくさとこの場から逃げ出そうとするけど、腰のベルトをつかまれて一歩も前に進むことができない。チクショウ、遅かった。
「殿下」
「う、うむ……実は、父上……国王陛下が、是非ともルートヴィヒと話がしたいと申されていてな。『夏休み、必ず連れてくるように』と……」
ほら、やっぱりろくな話じゃなかった。
ボルゴニアから帰る時、上手く逃げ切れたと思ったのに。
「そ、そうかー、残念だなあ。僕、例の“シン・バルドベルク同盟”の経営で色々と忙しいから、夏休みは予定が……」
「ええー! ルー君、約束したじゃないか!」
ああ……タイミング悪い時は、重なるものだなあ……。
いつの間にか僕の真後ろで頬を膨らませてぷんすか怒っているジル先輩を見て、思わず頭を抱える。
実は、期末試験の時に“
僕としても、こんなチートな盾をもらったことと、ボルゴニア王国での『吸魔石』を提供してくれたことについて、正式にお礼が言いたかったので、二つ返事でOKしていたのだ。
だ、だけど、よりによってオフィーリアの前でその話をしなくても……。
「むむむむむ! ジルベルト先輩の誘いは受け、私のほうは断るとは酷いではないか!」
「あ、ああー……」
眉根を寄せながら詰め寄るオフィーリアに、僕は思わずたじろぐ。
その剣幕もそうだけど、ただでさえ可愛いんだからそんなに顔を近づけないでほしい。
「うふふ……ジルベルト先輩のところに遊びに行かれるのであれば、私もミネルヴァ聖教会の聖女として、ルートヴィヒさんをお誘いしないわけにはいきませんね」
「ナタリアさんまで!?」
ええー……どうしてここで、聖女まで首を突っ込んでくるかな。
みんなを相手にしていたら、僕の夏休みが台無しになっちゃうじゃないかー……。
その後も三人から詰め寄られ、夏休みはブリント連合王国、ラティア神聖王国、ガベロット海洋王国と、三か国を外遊する羽目になった。
ある意味皇太子らしく外交をしているみたいに見えるけど、そんないいものじゃないからね。
あとイルゼ、お願いだからそんなジト目で僕を睨まないでください……。
◇
「ハア……みんなにはまいったよ……」
「…………………………」
逃げるようにしてみんなと別れた後、僕はイルゼと一緒に情報ギルドが経営する食堂で、一緒にフラペチーノを飲んでいた。
でも、イルゼの機嫌があれからずっと直らないんだけど。
「うふふー、それにしてもルートヴィヒ殿下は、
「あ、あははー……」
にこやかに話すお姉さんに、僕は愛想笑いを浮かべる。
いやいやお姉さん、全部知っているくせに。
なお、カレンについては、今日は夏休み中不在にする寄宿舎の部屋の片づけをしてもらっている。
というか、イルゼに強制的にさせられていると言ったほうが正しいけど。
悪いことをしたかなって思いつつも、何故かカレンはアメジストの瞳をキラキラさせながら、嬉々として引き受けたので、まあその……嫌な予感しかしない。
「ではではー、ごゆっくりー」
手をヒラヒラさせながら、お姉さんはカウンターの中へ戻っていった。
「え、ええと……イルゼ……?」
「……ルイ様の嘘つき」
「あ……」
悲しそうにストローを噛むイルゼに、胸が苦しくなる。
そうだ……僕が、イルゼに言ったんだ。
『夏休みになったら、二人で一緒に過ごそう』
って。
「イルゼ……ごめん」
「……ふふ、引っかかりましたね」
急に、イルゼは悪戯っぽくクスクスと笑い出した。
「ルイ様は、これから帝国の未来を担う御方。各国の姫君や聖女様と懇意にすることは、とても重要なことであることは私も承知しております」
「あ……」
にこやかに話すイルゼに、僕は。
「え……? ル、ルイ様……?」
「イルゼ……これだけは忘れないで。僕がずっと一緒にいたいのは、君だけなんだ。だから、オフィーリア達の国に行くときは、絶対に君も一緒だし、その……
どうしようもなく胸が苦しくなり、思わず彼女を抱きしめた。
無理をする彼女を見ているのが、つらくて。
無理をさせてしまった僕が、情けなくて。
「……やっぱり、ルイ様はずるいです」
「イルゼ……?」
「ふふ、だって、これだけで私を幸せにしてしまわれるのですから」
イルゼは、僕の腕の中で咲き誇るような笑顔を見せてくれた。
さっきまであった、寂しさ、苦しさ、切なさの混じった偽りの笑顔じゃなく、心からの笑顔を。
そんな彼女に甘えるように、僕はまた、強く抱きしめた。
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