二人のヒロイン、二人の想い

■イルゼ=ヒルデブラント視点


 私は今、ポルガの街にある一軒の建物を見渡せる路地の陰にいます。

 もちろん、ルイ様から与えられた任務を遂行するために。


 ふふ……そういえば、痩せるための特訓や身の回りのお世話などの仕事は仰せつかっておりますが、ルイ様がこのように本来の私・・・・の仕事を与えてくださったのは、今回が初めてですね。


 あの御方はとてもお優しい……いえ、優しすぎますので、私が傷つくことを最も嫌いますから。


 ですが……実家の家族を含め、こんなにも大切にされたのも初めてで、それがどうしようもなく嬉しい私がいます。

 もちろん、そのせいでルイ様のお力になれない場合もありますので、がゆく思う時もございますが。


「さあ……ルイ様が私を信じて与えてくださったこの任務、見事遂行し、期待に応えましょう」


 ルイ様は、成功したことをご報告したら、褒めてくださいますでしょうか?

 などと考えてみましたが、あの御方のことです。真っ先に私の無事を確認なさるのでしょうね。


 ルイ様の心配そうな表情と、安堵する表情を想像し、私は口元を緩ませる。

 こんなふうに感情を表すことは、として失格なのでしょうが……ふふ、それは無理というものです。


 世界一大好きなあの御方のことを考えて感情を抑えることなど、どうしてできましょうか。


 とはいえ、そのせいでルイ様のご期待を裏切り、あの御方を悲しませては本末転倒。

 緩みそうになる心を引き締め、任務に当たります。


「……まだいるのですか」


 建物内に侵入し、屋根裏から部屋の様子をのぞいておりますが、あの者・・・はなかなか動く気配はないようです。

 これは、深夜までかかることも想定しないといけませんね……。


 本当はすぐにでも任務を完了し、ルイ様のおそばへ参りたいのですが、仕方ありません。

 それにルイ様も、すぐに任務が完了すると思っていらっしゃらないようでしたので、三日間の猶予をいただいております。


 それにしても。


「ルイ様は、どうして秘密裏に事を進めようとお考えになられたのでしょうか……?」


 被害を受けているボルゴニア王国や、救済を行っているミネルヴァ聖教会に正体不明の病……『石竜の魔石』による石化のことを隠す理由については理解しましたが、あの者・・・には告げてもよかったように思います。


 そうすれば、もっと上手く隠すことができると思うのですが……。


「……いえ、ルイ様のことです。私のような者では考えが及ばないようなことまで、見通されているのでしょう」


 独り言ちりながら、かぶりを振る。

 今回の正体不明の病を看破されたこともそうですが、ルイ様はまるで全て把握されているかのような行動をとることがございます。


 その深謀遠慮、特異体質の身体、愛くるしい容姿……全てが、亡きお爺様から聞かされた初代皇帝を彷彿させます。

 ……いえ。ルイ様こそが、初代皇帝をも超える御方だと、私は確信しております。


「私は、ルイ様にお仕えすることができ、本当に幸せです」


 ルイ様の腕に包まれたら……この私を求めてくださったら、どれだけ満たされるのでしょうか……。

 想像しただけで、幸せがこみ上げてきます。


 そんな余韻に浸りつつ、愛しいあの御方の期待に応えるため、私は夜を待ち続けました。


 ◇


■ナタリア=シルベストリ視点


「ハア……ハア……ッ」


 救済のためにここボルゴニア王国の地に足を踏み入れてから、もうすぐ一月になろうとしている中、私は月明かりに照らされながらベッドの上で正体不明の病に苦しんでいます。


 苦しんでいる人々を救うために来たはずなのに、逆にこのようなことになってしまい、ただただ己の未熟さを……無力を恥じるばかりです。


「……う、ふふ……」


 皮膚の石化が進み、自虐的な笑みを浮かべることすらまともにできません。

 これも、逃げてディアボロに身を委ねてしまった、女神ミネルヴァのでしょうか。


 でも……それでも、私は死ねない。

 もう、軽々しくそんな選択をできないのです。


 その時。


「……ルイ様がご心配なされていたとおり、かなり石化が進んでしまっているようですね」「っ!?」


 聞き覚えのある声に目を見開くと、そこには……ルートヴィヒさんの従者、イルゼさんが立っていました。

 こ、これは、どういうことなのでしょうか……。


「あ……イ、イルゼさ……」

「お静かに。あの男・・・に気づかれてしまいます」


 耳元でささやかれ、私は慌てて口をつぐむ。

 ですが、イルゼさんのおっしゃった『あの男』というのは、でよいのですよね……って!?


「むぐっ!?」


 突然口の中に何か・・を詰め込まれた!?


「ご心配なく。今口の中に入れたものは、『吸魔石』です」


『吸魔石』!? どうしてそのようなものを、この私の口の中に!?

 彼女の行動が理解できす、混乱する。


「この病だと・・・思われて・・・・いたもの・・・・について、ルイ様が正体を突き止めてくださいました」

「っ!?」


 イルゼさんの説明によると、病気だと思っていたこれは、飲料用の水の中に含まれる石竜の魔力の副作用によるものとのこと。

 その原因となったのは、ポルガの街の住民が生活用水として使用している湖に、何者かが『石竜の魔石』を投げ込んだからだそうです。


「ルイ様は、ポルガの街で苦しむ人々を救うため、皇帝陛下を説得し、ブリント連合王国と共同で『吸魔石』の確保と支援に動かれています」

「…………………………」

「ですので、ナタリア様は『吸魔石』を口に含みながら、体内の石竜の魔力を取り除くことに専念してください。もちろん、あの男に・・・・気づかれ・・・・ないように・・・・・

「……(コクリ)」


 何故そこまで注意しているのか理解できませんが、私は無言で頷きました。


「では、私はこれで失礼します。それと……ナタリア様が元気でいらっしゃらないと、私も張り合いがありませんので。もちろん、ルイ様には決して近づけませんが」


 うやうやしく一礼した後、イルゼさんが目の前から一瞬で・・・消えました。

 うふふ……イルゼさんがそのようなことをおっしゃるなんて、思いもよりませんでしたね。


 ですが。


「ルートヴィヒ、さん……」


 昼間お見舞いに来てくださった時、ルートヴィヒさんがおっしゃった言葉。


『……情けなくなんか、ないよ』

『僕は、君がすごい女性ひとだって知ってるよ。いつも聖女・・であろうとして、頑張って、努力して、このボルゴニアにも、危険を顧みずに救済に走って』

『ね、ナタリアさん。そんな君だからこそ、僕達はここにやって来て、手助けしたいって思ったんだ。聖女だからじゃない。僕達の大切な仲間、ナタリア=シルベストリだから』


 聖女ではなく、この私を……ナタリア=シルベストリを見てくださった、世界で唯一人の御方。

 あの言葉が、どれほど私の心から闇を払ってくださったか……っ


 ああ……今も、私の心に沁み渡る……。


 こんなにも早く原因を突き止め、今まさに私を救おうとしてくださる、尊き御方。

 女神ミネルヴァでも、ましてや悪魔ディアボロでもなく、私がこの身を捧げるべき真の御方。


 祈るように胸の前で手を組み、私はただ、彼だけを想い浮かべた。

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