どうやら悪い奴の仕業みたいです

「ルイ様、今すぐその手を洗いましょう」


 バティスタを残して聖女の部屋を出るなり、イルゼが険しい表情でそう告げた。

 うわあ……断っても、たとえ僕が怒っても、無理やりにでもさせようっていう覚悟がうかがえるよ。


 でも。


「悪いけど、そんなことをするつもりはないよ」

「っ! ルイ様!」

「イルゼ、ナタリアさんが寝ているんだ。とにかく、ここを出て別の場所に行こう」

「……はい」


 僕も絶対に折れないとばかりに答えたら、彼女は渋々頷いた。

 だけど、別の場所に移動したらすぐにでも、手どころか全身まで洗いそうだなあ。それは恥ずかしいから遠慮願いたい。


「そ、その……ルー君……」

「……何ですか?」

「っ!? う、ううん、何でもないよ……」


 すいません、ジル先輩。

 ちょっと今は、いつもみたいな態度は取れそうにありません。


「……落ち着け。君の言ったとおり、私達がきっとナタリアを助けよう」

「当然だよ」


 オフィーリアは僕の肩をポン、と叩いて励ましてくれたけど、そんな・・・ことは・・・分かり・・・きって・・・るんだよ・・・・


 そして、僕達の滞在先として用意してもらった宿に入ると。


「ルイ様、申し訳ございません」

「……そうくると思ったよ」


 案の定羽交い絞めしてきたイルゼに、僕は思わず苦笑した。

 これも僕のことを想い、叱られることも承知でされたら、何も言えなくなってしまうよ……。


「イルゼ……落ち着いて聞いてくれる?」

「手とお身体を洗われたら、お聞きします」


 駄目だ、取りつく島もない。

 仕方ない……このまま話してしまうかー。


「この原因不明とされている病は、感染なんてしないから大丈夫だよ」

「「「「「っ!?」」」」」


 僕が放った一言に、みんなが一斉に目を見開いた。


「ル、ルートヴィヒ、それはどういうことだ!?」

「そ、そうです! あの男も言ったではないですか! 最初に罹患りかんした住民が見つかって、そこから爆発的に広がったと!」

「それに関してはこれから調べないと何とも言えないけど、僕は、これは絶対に感染しないって断言できる。命だって懸けても……」

「っ! そのようなことを軽々しくおっしゃらないでください! あなた様に何かあったら、私は……私は……っ」


 僕の胸に縋りつくイルゼに申し訳ないと思いつつ、その背中を優しくさする。

 そうだね……僕が死んだりしたら、君の実家であるヒルデブラント家の再興だってできなくなっちゃう……って、そうじゃないか。

 そんなことを考え、僕は思わず苦笑した。


「イルゼ、これはあくまでも例えだよ。僕だって、こんなことで死ぬつもりはないから」

「もう……絶対に、そのようなことはおっしゃらないでください……」

「……ごめんね。それで、僕がここまで自信を持って言ったのには理由があるんだ。それは……」


 僕は、この原因不明の病気の正体について語った。

 身体の皮膚が石化して死に至るのは病気なんかじゃなく、あるもの・・・・が原因で石化状態になってしまったものだということを。


「ちょ、ちょっと待て!? そのあるもの・・・・とは何なのだ! 大体、人間の皮膚を石化させるなんて代物は、聞いたことがないぞ!」

「それがあるんだよ。僕も以前、皇宮の文献をたまたま・・・・読んでいたから、運よく分かったんだけどね」


 もちろん、これは嘘だ。

 そんなもの、以前のルートヴィヒの記憶を含めて読んだことなんて一度もない。


 じゃあ、どうして知っているかと言われれば、『醜いオークの逆襲』でそんなお助けイベントがあったんだ。

 一つのセーブで三回以上『敗北エンド』を迎えた場合、救済措置としてある・・アイテム・・・・がガベロット海洋王国の商人……ジル先輩から購入可能になる。


 それこそが。


「『石竜の魔石』、と呼ばれるものだよ」


 このアイテムを斥候……つまりイルゼを使って侵攻先の国に仕掛けると、戦闘パートにおいてヒロインなどの固有ユニット以外のモブユニットの半分が、石化の状態異常にかかった状態からスタートするんだ。


「そ、そんなものが……」

「ル、ルイ様、ではその『石竜の魔石』は、どのようにして人々をこのようにしてしまうのでしょうか……?」

「それはね、『石竜の魔石』で汚染された水を飲むことで、この症状になってしまうんだよ」


 一応、シナリオでは『石竜の魔石』を井戸や川など、人々が飲料水として使用しているものに入れると石竜の魔力が水に溶け出し、それを飲むことで体内に取り込まれ、石化状態になるって説明があった。


 ここまでくれば、みんなももう理解したみたいだ。

 そう……これは、決して原因不明の病気なんかじゃない。


 何者かがこの街を滅ぼす目的で、こんな真似をしたんだ。


「なんと卑劣な真似を!」


 オフィーリアが憤り、テーブルを思いきり叩く。


 その後ろで、ただ一人青ざめた表情でうつむくジル先輩がいた。

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