生まれ変わった貧民街
「……まさか、あの貧民街がこうも変わっちまうとはなあ……」
そう呟くのは、隣にいるブルーノ。
彼を半ば強制的に僕の陣営に引き込んで一か月が経つけど、その言葉どおり少なくとも貧民街の環境は劇的に変わった。
何といっても、ゴミもあの悪臭もすっかりなくなってしまったのだ。
僕が提案した、貧民街を生まれ変わらせる策によって。
「ルイ様、さすがです!」
「うふふ……まさか、こんなやり方があるとは思いませんでした」
「ルートヴィヒ、恐れ入ったぞ!」
イルゼや腹黒聖女、オフィーリアも手放しで賞賛してくれるその策というのは、貧民街に住む子ども達にゴミ拾いをさせるというもの。
それも、安価なお菓子で釣って。
簡単な話、ゴミを拾って持って来てくれたら、その量に応じてお菓子と交換してあげるのだ。
そもそも、貧民街の子ども達はお金を持っていないこともさることながら、帝都のお店に入ることすらできないため、お菓子を食べる機会なんてほぼない。
それはブルーノにも確認したから間違いない。
そこで僕は、前世においてある海外の国で行われていた、美しい海岸を取り戻すためのゴミ拾いのプロジェクトをそっくりそのまま真似ることにしたんだ。
「ルートヴィヒさん……この取組、私達“ミネルヴァ聖教会”でも真似をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ブリント連合王国でも是非とも試したい!」
「あはは、もちろん構いませんよ。こんな貧民街みたいなところが世界中から無くなれば……いいえ、ちょっと違いますね。貧困なんて世界から無くすべきだと思いますから」
そうだとも。今回の策はまだほんの一歩に過ぎない。
これから帝都の貧民街は、貧民なんて呼ばれる人が誰もいない、そんな街に生まれ変わるんだから。
「今、次の一手として貧民街を区画整理し、建物を建築中です。その働き手には貧民街の住民を雇っていますし、建物ができた後も、そこで働いてもらう予定です」
そう……貧困の最大の問題は、報酬を得るための仕事がないこと。
なら、貧民街の住民の雇用を生むための事業を行い、賃金を得られる体制を作ってあげればいい。
それも、自分達で独立採算できて、これから先、何年も働き続けられるような事業を。
そこで僕が考えたのは、工場制手工業……いわゆるマニファクチュアと呼ばれるものだ。
この世界の産業はほとんどが農業、それに家内制手工業が主で、商売自体も流通が発達しておらず、
農業をするような土地もなく、家内制手工業を行うための技術も道具も設備もない貧民街の住民にとって、この工場制手工業は非常に理にかなっている。
製造工程を分担して行うことで、求められる技術も限定できるし、一つの工場で大勢が働くことも可能だ。
また、工場制手工業にすれば品物を大量生産することが可能になり、安価で高品質の品物を提供することができる。
さらには流通ルートを確立し、帝国内の各地で商売すれば……もう、一石何鳥になるのか僕も分からないよ。
なお、初期投資費用については全て僕の資金で賄った。
元々ルートヴィヒは引きこもっていたこともあって、オットー皇帝から割り当てられていたお金……というか、お小遣いはほぼ手つかずの状態で大金が残っているし。
まあ、あの皇帝なら『お金ちょうだい』って言ったら、ポン、とすぐにくれそうだけど。
「ブルーノ。この事業が成功するかどうかは、貧民街の……いや、“シン・バルドベルク同盟”のリーダーとなった、君の手腕にかかっているんだ。それは理解しているよね?」
「ああ……! もちろんだとも! なあ、みんな!」
「「「「「おおおおおーッッッ!」」」」」
ブルーノの後ろに控える仲間達……“シン・バルドベルク同盟”の部下達が、彼の号令に合わせて気勢を上げる。
でも、みんなの表情は笑顔で、その瞳は希望に満ち
すると。
「あ、ここにいたんですね!」
現れたのは、ブルーノの妹、カーヤ。
エキドナ病によって苦しんでいた彼女の姿はどこにもなく、青白く痩せこけていたその頬も、ふっくらつやつやとしており、イケメンのブルーノ同様、とんでもない美少女の姿を僕達に見せてくれた。
「あはは、カーヤも元気になってよかったね」
「はい! それもこれも、全部聖女様と、そ、その……ルートヴィヒ様のおかげです……」
白い頬を桃のようにほんのり染め、嬉しそうにはにかむカーヤ。
僕も彼女が元気になって、本当によかった……って。
「え、ええと……」
「…………………………」
これはどうしたことだろう。
イルゼが僕をジト目でメッチャ睨んでいる気がするんだけど。
「と、ところで、あれからエレオノーラは接触してきたかい?」
「お、おお、それな」
何とか雰囲気を変えようと、僕はブルーノに話を振ると、彼も空気を読んで合わせてくれた。
クラリスさんに次ぐ、貴重な空気が読めるキャラ二号の誕生だ。
「貧民街の連中をまとめたって言ったら、大金と一緒に嬉しそうに計画を話しやがったよ」
エレオノーラから聞かされたのは、思ったとおり“反バルドベルク同盟”の設立指示と、さらなる人員の拡大、帝都の内外での諜報活動、それにベルガ王国からのスパイの受け入れのフォローなどらしい。
あはは、だけどブルーノが既に僕の仲間で、しかも二重スパイみたいになっているとは思ってもないだろうね。
このまま常に彼女の動向を把握しておけば、『反乱エンド』は確実に阻止できる。
ふう……フラグを一つへし折れて、本当によかったよ。
「じゃあ、僕達はそろそろ寄宿舎に帰るよ」
「ああ」
笑顔のブルーノと握手を交わしていると。
――ぴと。
「あ、あの……ルートヴィヒ様、次はいつ来てくれますか……?」
「あはは。もちろん、すぐに来るよ」
「あ……えへへ……」
寄り添ってきたカーヤの髪を、微笑みながら優しく撫でる。
彼女も、気持ちよさそうに目を細めた。
「ルイ様、早く行きましょう」
「へ? あ、そ、そうだね」
ムッとした表情のイルゼに強引に手を引かれ、苦笑するオフィーリア達と一緒に貧民街を後にする。
ブルーノとカーヤは、僕達の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。
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