吊るし上げに遭いました

「では、午前の授業はこれまでとします」


 あの舞踏会から一週間後。

 ナウマン先生の言葉で、ようやく昼休みに入る。


 いやあ……朝のトレーニングが厳しくて、耐え切れずに思いきり居眠りしてしまった。

 というか、オフィーリアが絡んでくるようになってから、イルゼの僕への風当たりがきついんだけど。


 おかげでトレーニング量は倍々ゲームみたいに増えていくし、このままじゃ、『醜いオークの帝国』の本編が始まる前にバッドエンドになりそうです。


「……イルゼも同じだけトレーニングしてるはずなのに、よく平気だね」

「はい。私は幼い頃から訓練を受けてきましたので」


 ジト目で見ながら皮肉を言っているのに、気にする様子は一切ないね。


 まあでも……。


「? ルイ様、いかがなさいましたか?」

「ん? いや、君が僕に仕えてくれて、本当に幸せだってことだよ」

「っ!?」


 そう告げると、何故かイルゼはプイ、と顔を背けてしまった。

 あー……“醜いオーク”のくせにそんな台詞セリフを吐いて、勘違いするなってことかなー。

 いや、もしくは感謝が足らないと、怒っているのかもしれない。どうしよう。


「ル、ルイ様、昼休みも短いですので、早く行きましょう」

「わっ!?」


 顔を伏せたままのイルゼに腕を思いきり引っ張られ、まるで引きずられるようにしながら食堂へ向かった。イ、イルゼ、力強いなあ……。


 すると。


「あ……」

「…………………………」


 イルゼが突然立ち止まったので見てみると、向こうから歩いてくるソフィアの姿が。

 で、その後ろにいるイケメンな男子生徒は……うん、アイツの従者だろうな。


 というか、舞踏会でも僕を誘ったりなんかしないで従者とダンスを踊っていれば、僕達もあんなことしなくて済んだのに。


「……ルイ様、お気づきですか?」

「? 何をだい?」

「あの男……うちのクラスの生徒です」

「ええー……」


 従者が僕達のクラスって、面倒な予感しかない。

 それに、従者は主人と同じクラスになるように、普通は学院側が配慮するんじゃないの?


 あの女を留学させていることといい、この帝立学院の事務はどうなっているんだよ……。


「いかがなさいますか?」


 僕へと振り返り、イルゼがおずおずと尋ねる。

 できれば顔を合わせたくないし、何なら今すぐ逃げ出したい。


 だけど。


「いいよ、このまま行こう」

「よろしいのですか?」

「うん。相手にするつもりはないけど、それでも、ここで僕が避けちゃいけないと思うんだ。そうじゃなきゃ、君を侮辱したあの女の言葉を認めることになってしまう」

「あ……」


 そうだよ。僕はあの時のあの行動が間違っているなんて思っていない。

 むしろ、ここで逃げたりなんかしたら、大切なイルゼを裏切ることになる。


 僕は……それだけは絶対にしたくない。


「……あなた様で、本当によかった……(ポツリ)」

「イルゼ?」

「何でもありません。では、行きましょう」

「うん」


 僕はイルゼの手をギュ、と強く握りしめると、彼女もまた同じように握り返してくれた。

 そして、あの女と従者を無視しながら、その横を通り過ぎる、んだけど……。


「……何も言ってこなかったね」

「はい……」


 一応、今回はイルゼも殺気を抑えてくれたし、できる限り絡まないようにというつもりではあったけど、何とも拍子抜けだなあ。

 先日のことを考えたら、土下座くらい要求してくると思ったんだけど。


「ルイ様、もうあのような者のことなど、よろしいではありませんか。それより、早く行きましょう」

「う、うん……」


 何故か機嫌のよさそうなイルゼに手を引かれ、僕は首を傾げつつも彼女と一緒に食堂へ向かった。


 ◇


「「…………………………」」


 食堂に入ろうとする僕を、一斉に敵意をむき出しにして睨みながら入口を塞いで拒む生徒達。

 それこそ、学年や性別、身分に関係なく。


 嫌われているのは承知の上だけど、それにしてもこれはちょっと酷くない? 仮にも僕、この国の皇太子だよ?


「……ルイ様、どうかこの者達を粛清・・する許可を、この私めにお与えください」

「い、いやいや、ちょっと待って!?」


 今にも制服の下のダガーナイフを抜こうとするイルゼを、僕は必死に止める。

 確かにこの生徒達の態度は不敬極まりないし、処罰されても仕方ないけど、だからといってそんなことをしたら、オットー皇帝……いや、ゲームのルートヴィヒと同じじゃないか。


「と、とにかく、これはどういうつもりなんだ? これじゃ、僕達が昼食を摂れないじゃないか」


 逃げだしたくなる気持ちを奮い立たせ、努めて冷静にそう告げる僕。

 ただでさえコミュニケーション能力が低いのに、喪男にこんな大勢の人を相手にするなんてキャパオーバーです。帰りたい。


「ここで貴様のような“醜いオーク”が食事をする資格はない!」

「「「「「そうだそうだ!」」」」」


 集団の後ろから大声で放たれた言葉に、全員が同調する声を上げる。

 うわー……誰が言ったか分からないようにして、全員で吊るし上げるこのパターン……SNSで炎上する時と同じだなあ。


 こういうのって、自分は正しいって勘違いしている上に、匿名性もあってより攻撃的になったりするんだよね……。


「あははー、ダサ」

「「「「「っ! 何だと!」」」」」


 ヤバ、つい本音が漏れた。


「ふふ……確かにルイ様のおっしゃるとおりです。陰にこそこそ隠れ、安全な場所からののしるこの連中は、とても王侯貴族の出とは思えませんね」

「言わせておけば……っ!」


 僕と、クスクスと嘲笑あざわらうイルゼを忌々しげに睨む生徒達。

 でも、さすがにこれ以上踏み込んで非難するのはまずいということは理解しているのか、それ以上のことはしてこない。


 だけど。


「ルートヴィヒ殿下! 見損なったぞ!」


 それでも何も考えずに平気で踏み込んでくる脳筋ヒロインが、この学院にはいるんだよなあ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る