狂乱の姫騎士と腹黒聖女の間には挟まりたくない

「さ、さあ行こうか」


 トレーニングと朝食を済ませ、制服に着替えた僕とイルゼは寄宿舎を出ようとしたところで。


「少々お待ちください」

「あ……」


 イルゼがス、とそばに寄り、僕のネクタイを直してくれた。

 彼女の艶やかな藍色の髪から、いい匂いがするー……。


「はい、終わりました」

「へ? あ、ああ、ありがとう……」


 ついイルゼの匂いに夢中になってしまった。僕は変態か? 変態だな。


 で、教室にやって来ると。


「「「「「…………………………」」」」」


 あははー、昨日の舞踏会のことがあったから、生徒達が全員こっちを忌々しげに睨んでいるし。

 ……いや、全員じゃないか。


「フフ……やあ、数時間前ぶりだな」

「「「「「っ!?」」」」」


 気さくに話しかけるオフィーリアを見て、目を丸くする生徒達。

 まさか彼女がこんな反応を見せるなんて、思ってもみなかったんだろう。

 僕だって、朝のことがなかったら驚きを隠せないよ。何なら現在進行形で首を傾げているから。


「お、おはようございましゅ!?」

「おはようございます」


 とにかく、イルゼを除いて女子から挨拶されるなんて初めてなので、絶賛舌を噛んでしまった。

 優雅にカーテシーをして挨拶するイルゼとは大違いだ。


 すると。


「あら……いつの間にお二人は仲良くなられたんですか?」

「…………………………」


 にこやかな笑顔を浮かべながら絡んできたのは、同じクラスの腹黒聖女。

 呼んでおりませんので、どうぞお引き取りください。


 そして後ろのバティスタとかいう聖騎士。なんでそんな仏頂面で僕を睨んでくるんだよ。

 いくら聖騎士が『醜いオークの帝国』で上位クラスのユニットだからって、所詮はモブだからな、モブ。


「ああ。こう見えて実は、ルートヴィヒ殿下とは寄宿舎の中庭で一緒にトレーニングをする仲でな」

「「っ!?」」


 口の端を持ち上げながらそんなことを言い放つオフィーリアに、僕もイルゼも息を呑んだ。

 いやいや、たまたま今日居合わせただけですよね? それとイルゼ、お願いだから殺気を放ちながらオフィーリアと僕を交互に睨まないでください。


「うふふ、それは羨ましいですね。私も是非ご一緒したいですが……あいにく、朝はしゅミネルヴァへの祈りを捧げなければなりませんので」


 少し残念そうに笑う腹黒聖女と、そのとおりだと力強く相槌を打つ聖騎士。

 別に興味はないし、実は別のもの・・・・を信仰していること、知ってるんだからな。


「ふむ……聖女であるナタリア殿がトレーニングというのは、イメージが湧かないな」

「そうでしょうか? 主ミネルヴァは豊穣の女神であるとともに、戦いの女神でもありますから、こう見えて私もロッドで戦う訓練もしているのですよ?」


 そう言って微笑み合う二人のヒロイン。

 こんな美少女二人の微笑ましくも美しい場面に見えるかもしれないけど、“狂乱の姫騎士”と腹黒ビッチの競演なんて願い下げもいいところだ。


 ……せめて他のヒロイン(ソフィア以外)ならよかったのに、なんでよりによってこの二人が同じクラスなんだよ。


「皆さん、席に着いてください」

「おっと、先生がいらっしゃったようだ」

「そうですね」


 ナウマン先生の登場により、自然とお開きとなり、各々自分の席に戻る。

 あー……ようやく解放されたよ……って。


「え、ええと……?」

「…………………………」


 ジト目で睨みながら、プクー、と頬を膨らませているイルゼ。

 普段のクールな完璧メイドとは正反対の、ゲームでは見せたことのないそのギャップに、不覚にも可愛いと思ってしまった。いや、元々可愛いんだけどね。


「……ルイ様。明日から中庭でのトレーニングは禁止といたします」

「へ……?」


 言っている意味が分からず、僕は思わず呆けた声を漏らしてしまった。


「聞こえませんでしたか?」

「い。いいえいいえ! それはもうバッチリと聞こえておりました!」


 このままだと『暗殺エンド』まっしぐらだと感じた僕は、それはもう全力で首を縦に振りましたとも。


 だけど……ハア、唯一安パイだと思っていたイルゼにも、こんなバッドエンドが潜んでいたなんて……。

 思わぬ伏兵に、僕は机に突っ伏して頭を抱えた。


 そのことに頭が一杯で、僕は気づかなかったんだ。


 ――僕達のことを一部始終観察していた、一人の生徒の存在を。

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