第20話 靭惟之は祝われる

『これゆきー!』


 さとみの声の後に、皆がすぅと息を吸い、顔を見合わせて声を出していく。


「「お誕生日ぃ」」


 品子とヒイラギに続き、シヤ、つぐみ、明日人がそれぞれうなずくと一斉に口を開く。


「「「おめでとうございまーす!」」」


 声をそろえて祝う姿に、惟之は少し照れながら「ありがとう」と答えていく。


 八月十四日。

 今日は惟之の誕生日だ。

 木津家のリビングはいつもにまして賑やかであり、テーブルに載せられた食事の品数も多い。

 自分の誕生日祝いということ。

 惟之としても嬉しい反面、戸惑いも感じながら皆の顔を見渡していく。

 ヒイラギとシヤからは、確かに毎年プレゼントをもらっている。

 だが例年は、夏季休暇と重なっており、白日では部下の出雲いずもから休み明けに実用的な贈り物をもらうくらいだ。

 今までここまで盛大に、祝われたことがないということもある。

 そのため、むずがゆい気恥ずかしさがどうも抜けないのだ。


「惟之さん。これ、俺とシヤからなんだけど」


 ヒイラギとシヤが自分の前へとやってくると、青いリボンがかかった小さな箱を差し出してきた。


「惟之さんは、たくさんサングラスはお持ちかもしれませんが。調光レンズのものを二人で選んでみたのです」


 こころなしか頬を赤く染めたシヤが、ヒイラギへと視線を送る。


「使う場所はちょっと考えなきゃいけないけど、こういうレンズもいいんじゃないかって思ってさ。良かったら使ってみてね」


 同じく照れた様子で話すヒイラギに、惟之は微笑んでみせる。


「ありがとうな、以前から欲しいと思っていたんだ。だからとても嬉しいよ」


 惟之の言葉に、二人は顔を見合わせ嬉しそうに笑っている。

 そんな三人の元へ、さとみがぱたぱたと足音を立てながらやってきた。


『これゆき、私もおくる! これあげるからな!』


 さとみは惟之のスラックスを握り、折りたたまれた紙を一生懸命に惟之へと背伸びをして渡す。


「ここで見てもいいのかい?」

『いいぞ! よめ!』


 読むということは手紙ということか。

 可愛らしい元気な返事を聞きながら、そっと紙を広げていく。 

 紙には薄いピンク色の絵の具で「これゆき だいすき」と書かれているではないか。


「ほぅ、これはとっても嬉しいお手紙だね」

『ほんとか! 明日人が教えてくれて、がんばって書いたぞ!』


 キラキラと目を輝かせて答えるさとみの頭を、惟之は優しくなでる。

 話を聞いていた明日人が、さとみの隣へとやってきた。


「さとみちゃん、頑張りましたよ。アサガオの色水も自分で作ったんです」

「そうか、絵の具ではなく花から作っていたのか。これは大したものだ」


 褒められたさとみは、うれしそうに惟之の手へ頬を寄せてきた。

 それを見た品子が、ガタリと音を立てて立ち上がる。

 

「なっ、さとみちゃんが自分からほっぺを撫でて欲しそうにっ……。くそっ! 誕生日ぃぃぃ!」 

 

 遠くから品子の呪詛じゅそのような声がするが、構わずに頬をそっと撫でてみた。

 さとみはうっとりとした表情を浮かべ、惟之の手に自分から近づいてくる。


「しゃ、しゃとみちゃ……、#$%&!」


 後半はもはや言語にすらなっていない音声を出し、品子が地団太を踏む音が聞こえてくる。


「哀れだな。シヤ、お前はあんなふうには絶対にならないと思うが、……気をつけろよ」

「えぇ、兄さん。反面教師として、品子姉さんのことは忘れません」

「ちょ、シヤちゃん! それ、先生がお空の住人になっちゃった言い方になってる!」


 ヒイラギ達からの声が、品子に聞こえていればいいがと惟之は思う。

 だが彼らの思いは、リズミカルに響いている足音にかき消され、届かなかったようだ。

 そんな品子を、明日人がいつものように楽しそうに眺めている。

 惟之が見ていることに気づいたのか、彼はにこりと笑いかけてきた。


「さて、惟之さん。僕からは香水を。といってもこれは、お家でリラックスする時につけてもいいかなぁと思って選んだものです。ストレス緩和用とかに使ってもらえたら嬉しいですね」


 明日人が、プレゼントを両手で差し出してくる。

 ゴールドのリボンが、まるで花のように作られた見事な箱の包装に、品子以外の皆が見入っている。


「すごい。この箱だけでも価値がありますね。あ、靭さん。私からも!」


 そう言い残し、台所へとつぐみが駆け抜けていく。

 やがて真っ白な紙袋を携え、つぐみが惟之の前へと立った。

 

「私からはケーキをお届けいたします! お酒が入っているのでお家に帰ってから食べてくださいね! またお帰りの際に、こちらはお渡ししますから。さて、では皆さんお食事にしましょうか!」


 つぐみの声に、品子の足音がぱたりと止んだことに皆が一斉に笑い出す。

 自然に口元に浮かぶ笑みに、惟之はここにいられるということ。

 そして自分を祝うためにいてくれる彼らに、感謝を込め声をかけていく。


「ありがとう、皆。この楽しい時間が過ごせることが俺は本当に嬉しいし、皆がいてくれてよかったと思える。どうかこれからもよろしく頼む」


 ゆっくりと頭を下げれば、撫でてほしいと思われたようだ。

 さとみの手が、惟之の頭をさわさわと撫で始めていく。

 その様子に「むっきぃぃぃ」と品子の嫉妬に満ちた声が響き、再びリビングには笑いがあふれていく。

 皆と共に笑いながら、背伸びをして触れてくる小さな手に、惟之は大きな幸せを感じていくのだった。

 


 ◇◇◇◇◇



「ふぅ、いい日だったな」


 明日人を送り届け、自宅マンションへと戻った惟之は今日の出来事を思い返す。

 そんな時、玄関の呼び出しの音と共に、同時にスマホが鳴りだした。

 スマホの画面に出た品子の名前を確認しながら、連打されているチャイムにため息をつくと、エントランスのロックを解除しておく。

 玄関の扉を開くと同時に、うつむいた品子が手に持った紙袋をぐいぐいと自分へと押し付けてきた。


「ん? なんだこれは」

「たっ、誕生日プレゼントだよ。あの後、渡しそびれていたから。……じゃあな」


 一瞬だけ、こちらへと顔を見せた品子の顔は、どうしたことか赤く染まっている。

 声をかけようとするものの、品子はくるりと背を向け走り去ってしまった。


「なんなんだ? あいつは」


 不思議に思いつつも、部屋へと戻り紙袋から小さな箱を取り出す。

 包装紙をはがし、中身を確認した惟之は「うっ!」と声を上げた。


 ――これは、『チョコレート』と呼ぶものであろう。


 だが、ただのチョコレートではない。

 おそらく、いや、間違いなくこれは品子の手作りだ。

 なぜならば、そのチョコレートの中央には唐辛子が。

 そう、鷹の爪が埋め込まれていたのだ。

 これは惟之の発動『鉤爪かぎづめ』をなぞらえたものに違いない。

 さらに言えば、チョコの溶かし方だ。

 鷹の爪を中心として、指でじかならしたであろう指紋の跡がくっきりと残っている。

 はっきりと言おう。

 これは『食料』というジャンルに置いてはいけないものだ。


「マジか。……おい、マジなのか」


 当然、自分には食べないという権利がある。

 だが、長年の付き合いだからわかるのだ。

 これは、彼女が真剣に作ったものだと。

 茶色の中央に存在する、燃え盛らんばかりの赤を見ながら、惟之は究極の二択に迫られていく。


 食べるべきか、食べないべきか。


 かなりの時間をかけ、惟之は一つの結論を出す。

 それから数秒後、惟之の部屋に小気味よいぱきんというチョコを食べる音が響いた。



 ◇◇◇◇◇



 夏季休暇明けの二条の給湯室では、事務方の職員たちがのんびりと話をしている。


「え? 靭様、しばらくお休みなのですか?」

「うん、体調不良で復帰は未定だって」

「あら? お休み中に、面倒な案件でも担当していたのですか?」

「どうなんだろう? 連絡を受けた人によるとね。『三日で何とか出来ると思った。だが間に合わなかった。本当にすまない』って言ってたらしいよ。あまりに辛そうな声だったから、それ以上は何も言えなかったって」

「へー、四条の治療は受けないんですかねぇ」

「うん。それも提案したらしいんだけど、『自業自得だから自分で何とかする』って言われたらしいよ」

「はー、真面目な靭様らしいですね~。あ、出雲さんおはようございまーす!」 



 ――――――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます!

 この話は茉莉花鈴様のイラストから書かせていただきました。

 優しい笑顔でこちらを見つめてくれる惟之を、近況ノートにて掲載しております。

 合わせてみていただけましたら、より一層楽しんでいただけるのではないかと思います。

 近況ノート、こちらからどうぞ↓

https://kakuyomu.jp/users/toha108/news/16817330661949167663


 茉莉花鈴様、ありがとうございます!

 ささやかながら、こちらのお話を茉莉樣に捧げたく思います。


 さて、次話は8月16日に投稿予定です。

 そちらも合わせてお楽しみいただけますように。


 お読みいただきありがとうございました!

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