第21話 木津ヒイラギは夢を嫌う
夢を見るのは嫌いだ。
小さな頃はそうではなかったのに。
幼い頃の自分は楽しい夢を見ては、目を覚ましてすぐに家族に話をしていたものだ。
時に魔法のじゅうたんに乗って空を自由に飛び回り、ウサギの形をした雲と競争したり。
またある時は、シヤと一緒に美味しいケーキがたくさん出てくるびっくり箱を見つける冒険をしたものだ。
だがある日を境に。
そう、
その日から見る夢は、いつも嫌なものばかりだ。
ある時はマキエの子でありながら、その能力を引き継かなかったことを責め立てられる夢。
またある時は、自分の発動が逃げるためだけに存在する意味のないものだと笑われる夢。
目を覚ましたところで安心をするどころか、待っているのはその夢が現実で起こるだけの生活。
そんな自分が、どうして夢になど期待するというのだ。
夕食後のリビングでの何気ない会話で、ついこぼしてしまった言葉に、その場がしんと静まり返ってしまう。
俺の言葉を聞いた冬野は、とても寂しそうな顔をしていた。
彼女の表情で、余計なことを言ってしまったことに今更ながらに気づく。
皆から目をそらし「風呂に行ってくる」と言い、逃げるようにリビングを出た。
後ろからはさとみちゃんの「ヒイラギ君、どこか痛いのか? 悲しいの顔してたぞ」という声が聞こえてくる。
俺は悲しいのだろうか?
洗面台へと向かい、鏡越しに自分を見つめてみる。
向かい合った顔は、泣くことこそないものの、随分とみっともない顔をしていた。
気持ちを切り替えようと、水で何度も顔を洗っていく。
冷たい水にようやく人心地がつくと、大きく息をつきタオルで顔をぬぐう。
ゆっくりとタオルから目だけを
普段から自分は、目つきが悪いと言われ続けてきた。
そんな言葉ばかりを、周囲からは掛けられてきたように思う。
それでもかまわない。
近づいてきた人間に、心無い言葉をぶつけられ、傷つけられるくらいなら。
だったら最初からいらない、心なんて許さないでいればいい。
ずっとそう思ってきたのだ。
けれども最近は、ほんの少しだけ考え方が変わってきたように感じる。
「そう。変わってきていると、……思うんだ」
だって今まではシヤ以外の人間と、こうして過ごしていくなんて想像もつかなかった。
この家に、たくさんの笑い声が満ちる。
そんな日がくるなんて、決してないだろうと思っていた。
それも全てみんな……。
「すげぇよな、あいつ。たった一人の人間が、この家に来て周りのみんなを大きく変えていくなんてさ」
くすりと笑うその自分の顔は、なんだかとても柔らかい。
妙な気恥しさを感じ、風呂の準備のために自室へと戻っていく。
部屋に入ってすぐに覚えたのは、違和感。
その正体は机の上に、置かれた一枚のメモだった。
本来の内容は伏せられた裏側に書いてあるようで、表側の紙には「冬野からの大切なお知らせです」と書かれている。
今までにこんなことなどなかった。
思わず緊張しながら、裏返して中身を読んでいく。
『ヒイラギ君へ。悪い夢を見たら呼んでください。私も一緒に見れば半分こになります。話を聞いたさとみちゃんも呼んでほしいと言っていました。なので、その場合はさんぶんこです! これならきっと大丈夫だと思います!』
なんだこれは。
……意味が分からない。
「いや。これ何が大丈夫なのか、ちっとも分からないんだけど。そもそも『さんぶんこ』ってなんだよ。ここは三分の一って言うべきではないのか?」
思わずつぶやいた言葉に、部屋の外から「ああっ、そうでした! なんという不覚!」という声が聞こえてくる。
静かに声のそばへと近づいてから、一気に扉を開く。
そこには、顔に『失敗しました』と書かれていそうな冬野と、どうしたことかシヤまで立っているではないか。
まさかと思い、自分の手のひらを見れば青い光が静かに輝いている。
シヤめ、冬野に俺の言葉を『リード』の発動でここで聞かせていたということか。
「……おい、心
俺の声に冬野がびくりと肩を震わせる。
そのタイミングで、無表情のままシヤが話し出す。
「つぐみさん。声、大きすぎです。おかげで兄さんにばれたではないですか。では、私はここで失礼します」
「ええっ、シヤちゃん行っちゃうの? 私一人でヒイラギ君に怒られるの~? あ、でもお願いしたのは私だもんね。うん、ありがとう! 私、頑張って怒られてくるね!」
冬野はシヤに真剣に感謝しているであろう。
だが明らかに感謝の方向性を間違っている冬野を見て、シヤの唇がプルプルとふるえている。
「しっ、失礼します! 兄さんもお風呂に入るなら早く入ってください」
背中を向けたまま、振り返ることもなくシヤは一気に話すと足早に去っていく。
なかなかに珍しいものが見えた。
そんなことをぼんやりと考えていると「あのっ!」と声がする。
「ヒイラギ君。言い方は間違えましたが、私の考え方は悪くないと思うのです。一緒ならきっと、怖いや悲しいは減らせます。だって私が、今もみんなからそうしてもらっているのだから」
目をそらすことなく、彼女はその気持ちをまっすぐに伝えてくる。
――まいったな。
こんなふうに、純粋な思いを聞かされてしまったら。
これは自分もしっかりと答えなければならないではないか。
「……わかったよ。何かあったら呼ばせてくれ。その、ありがとな」
彼女の頭に手を乗せ、ガシガシと強めに頭を撫でていく。
「あわわわ、ちょっと目が回りますね。やはり男の人の力は強いといったところでしょうか。でも、……ふふ、嬉しい」
見上げてくる彼女の笑顔は、まるで花が咲いたようだ。
その姿を見るだけで、こちらにまで温かな気持ちがじわりと芽生えてくるのがわかる。
「さてっと、俺は風呂に入ってくるよ」
「あ、うん! いってらっしゃい」
子供のように大きく手を振って、冬野は自分の部屋に戻っていった。
思わずほころんだ口元にそっと手を当てる。
今日はいい夢が見れるかもしれない。
いや、別に見られなくてもいいじゃないか。
今日からは、どんな夢を見ても大丈夫だと思える自分がいるのだから。
「ありがとな」
呟いた言葉は、本人に伝わることはないけれど。
いつかこの先、俺はもっと素直に、感謝を人に伝えられるようになれると思うんだ。
叶うならば、最初の相手が彼女であったらいい。
そう思いながら俺は静かに笑ってみせるのだった。
そうしてその夜、『ヒイラギ君に、怖いがあるといけないから』とさとみちゃんが枕を抱えてやってきた。
そんなさとみちゃんを追いかけてきた品子を、久しぶりに延長コードで巻いてリビングに転がしておき、朝一で見つけた冬野が絶叫したのはまた別の話。
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近況ノートにも掲載しておりますが、こちらのお話は茉莉花鈴様のイラストから書かせていただいております。
閉じた瞼が眠りからの覚醒を見ているようで、思わず浮かんできた作品がこちらとなっております。
近況ノートはこちら!↓素敵なイラスト見てほしい~!
https://kakuyomu.jp/users/toha108/news/16817330662097894562
きっかけを下さった茉莉花鈴様にこちらのお話と感謝を捧げます。
では、また本編の方もお楽しみくださいませ!
お読みいただきありがとうございました!
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