第4話 纏うは礼服 惑うは心 その1

ある企画に参加したく書いた作品となります。

引き続き主人公は蝶の発動者である千堂沙十美。

楽しんで頂けますように!


なおこちらは『冬野つぐみのオモイカタ』第二章までのネタバレを軽く含んでおります。

ネタバレは嫌! 読んでから来たいわ! という方は、本編を楽しんでいただいてから来て下さると嬉しいです。


ネタバレはOKなお方、ようこそ『IF』の世界へ。

ゆるりとお楽しみいただければと思います。


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「話にならん。この仕事は断らせてもらう」

「うーん、困りましたねぇ。この依頼を他に振るとなると、該当者がいるのかどうか……」

「当初との条件が変わった話を続ける気はない、他をあたれ」

「そこを何とかお願いできませんか? むろさん」

「……くどい。千堂せんどうが起きると厄介やっかいだ。俺と話をしている暇があったら次の候補を探しに行け。それがお前の仕事だろう、観測者かんそくしゃ

 

 いつの間にか眠っていたようだ。

 自分の定位置であるソファーの背もたれに体を預け、私は目を閉じたまま二人の人物の会話を耳にする。

 一人はこの部屋の主であり、自分の仕事のパートナーであるむろ映士えいじの声。

 そしてもう一人は、室の所属する組織の監視役兼連絡係でもある観測者かんそくしゃと呼ばれる人物だ。

 それにしても私が起きると厄介な話とはどういうことだろう。


「ふふ、確かに今回のこのお話を千堂さんに聞かれたら。室さんは確かに困りますものねぇ」

「依頼はもう俺からは離れた。聞かれたからどうという問題ではない。誤解を招くような言い方はやめろ」


 心なしか、からかうような口調で話す観測者に室はうんざりとした様子だ。

 私は眠ったふりを続けながら、二人の会話を聞くことにする。


「そうだ! いっそのこと行けなくなった女性の代わりを、千堂さんにお願いすればいいではないですか」


 観測者からの室への提案に、私の心は大きく揺らぐ。

 室はと仕事をしようとしていたのだ。


 ――いや、別に大したことではない。

 自分達はあくまで、互いの利害の一致により成立をしているパートナーというだけ。

 この男がどんな相手と何をしていようが関係は……。 


「今回の仕事に千堂は同行させない。これは条件の一つだったはず。……なのになぜそうなるんだ」


 明らかに機嫌が悪くなっていく室の声が耳に届く。

『同行させない』という彼からの言葉に、私は思わず立ち上がると声を荒げてしまっていた。


「ちょっと室! 私と行かないようにするのが条件の仕事ってどういうことよ! あんた私がパートナーってことを忘れたわけではないでしょう!」


 見据えた先にいるのは、真一文字に口を結んだ室がただ一人でいるのみ。 


「おや、起こしてしまいましたね。おはようございます、千堂さん」


 笑みを含んだ声で観測者が挨拶をしてくる。

 だが聞こえてくるのは声のみだ。

 私の見える景色の中に、この声の主の姿はない。


 室からは、彼はここではない別の場所から声だけを届けてくるのだと聞いている。

 それが観測者の『発動能力』の一つであるのだと。

 

 観測者。

 彼は人ならざるもの。

 常人が持ち合わせていない、不可思議な力を持つ『発動者はつどうしゃ』と呼ばれる存在だ。

 そしてそれは観測者だけの話ではない。

 私の刺すような視線を、逸らすことなく見つめ返してくるこの室も。

 ――そして、ほかならぬ私、千堂せんどう沙十美さとみも発動者なのだから。


 さらにいえば、私はもう『人間』ですらない。

 ある発動者が起こした誘拐事件により、自分は肉体を失った。

 その事件の関係者であった室の体に、命の欠片をとどめることによって、今の自分はかろうじてこの世に存在を許されている状態だ。

 人の形を保つ実体化こそできるものの、宿主である室と長時間離れると体に苦痛が襲い掛かるなど様々な制約が自分にはつきまとう。

 そんな中でも私は自身がもつ『蝶』の発動能力で、室の仕事に協力するという形で今まで共に過ごしてきていたのだ。

 いや、彼が自分に内密で他の相手を選んだと知った今となっては、『そう思っていた』というべきか。

 不機嫌な態度を隠すことなく、私は観測者へと返事をする。


「……久しぶりじゃない、観測者」

「はい、ところで千堂さん。お話を聞いていただいていたようですのでどうでしょう? こちらの依頼を受けていただくことは……」

「そこまでだ。俺はこの依頼は断った。これ以上に話すことなど何もない」


 話を聞かれた気まずさからだろうか。

 普段は寡黙なくせに、いつになく口数の多い室に対し、私は怒りが膨れ上がっていくのを抑えられない。


「観測者は私に話をしているのよ。あんたにではないわ。どんな依頼なの?」

「簡単に言えば、千堂さんにはあるパーティーでカップルあるいは夫婦の振りをして過ごしてほしいというものです。パーティーと言っても比較的カジュアルなものですから、気負わなくても大丈夫ですよ。メインの仕事は男性の方で行いますので、会場に入ったら千堂さんは好きにしていただければいいですし」


 女性が必要だという理由はこれで理解が出来た。

 だがそれならばなおさら、どうして室は自分を選んでくれなかったのだろう。

 悲しみと怒りが混じったその思いを何とか抑えようと私は唇を噛む。


「……観測者、その依頼を受けても構わない。室は断っているからあなたが適当な男をみつけてくれれば、私はその男と一緒にパーティーに行くことができるわ」

「おや、よろしいのですか? こちらとしては助かりま……」

「それは不可能だ、観測者。千堂は俺から長時間離れると体が動けなくなる」


 いつもであれば室は話をしていても、口癖のように「好きにしろ」としか言わない。

 その彼がやたらと否定してくるのが、私としてはどうも気に入らないのだ。

 反抗心をあらわにしながら、私は観測者へと問いかける。


「あくまでパーティー会場には入れればいいのでしょう? あとは相手の男が仕事をすれば終わり。会場に入ったら私は誰もいない所で姿を消して室の体に戻ればいい。どうなの、観測者?」

「そうですねぇ。会場に入ってしまえば確かに良いわけですから。とはいえ一人になれる場所がないとちょっと危険ではないですかね。いざ倒れてしまったらきちんと戻れるような状況を、果たしてつくり出せるかどうか」

「……だったらそれこそ倒れて救急車にでも運ばれて外に出ればいいじゃない。そうなったら正々堂々と帰ってこれるわよ? なによ、観測者あなたが私に依頼をしてきたのでしょう? 発言に責任を持ちなさいよ!」


 開き直りともいえる私の発言に、観測者からは困った様子で室へと声が掛けられる。


「千堂さんが倒れるのは私の本意ではありません。彼女の言う通り、発言に責任をということで今回は少々、私も手を貸しましょう。室さん、どうか依頼を受けて頂けませんか? 当初とは違う条件で内部に入れるように、こちらも手を尽くしますから」


 その言葉に、室は苦り切った表情で私を見つめると口を開く。


「内部侵入への方法の変更。これがない限りは受けることはない」

「って言うことだから、方法が変われば受けるそうよ。詳細が決まったら連絡してね」

「……っ、おい千堂、どうしてお前が勝手にそう決め……!」

「はいはーい! では私は一度この案件を持ち帰りますね!」


 弾んだ声を最後に、観測者の声はそこでぷつりと途絶える。

 私は鼻を小さく鳴らすと、大きくため息をついた室をぐっとにらみつけてやるのだった。

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