第2話 万聖節に飛び交うのはお菓子だけではない。【後編】

 この部屋にはいない存在の声が響いた。

 いるはずもないのに、つい私は辺りを見渡してしまう。


『おぉ! 私たちじゃない人の声がするぞ。だれだおまえは!』


 小さな私は不思議そうに、だが怯えることもなくきょろきょろと声の主を探している。

 そんな彼女へと観測者かんそくしゃは声をかけていく。


「お久しぶりですね、白い蝶のお嬢さん。私のことは観測者と呼んでくださいね」

『かんそく、……しゃ? むずかしいの名前だ』

「おや、じゃあもっと簡単な呼び方を考えないとですね」

『うーんと、じゃあ』


 小さな私は目を閉じて真剣に考えこんでいる。


『かんそく! これなら言える! そうよんでいいか?』


 とてもいいことを思いついた。

 そういわんばかりの表情での提案に、くすくすと笑う声が聞こえてくる。


「いいですね、そんな呼ばれ方をされるのは初めてだ。実に新鮮でいい。あぁ、これは今日の働きの分の価値はありますね。千堂さん、実に素敵な刺激です。ふふ。ではお嬢さんにちょっとだけ、私の魔法を見せましょうか」


 この謎の人物、観測者は自分の知らないことや想定外のものに対し強い好奇心を示す。

 そしてそれを自分に与えた人間に、対価として相手の知らない、あるいは持ち合わせていないものを渡したがる存在だ。


「室さん、千堂さん。今からほんの少しだけ、私の力を使います。そちらの可愛いおばけさんのために、ご協力いただけませんか?」


 その言葉に室を見上げれば、相変わらず無表情なままで口を開く様子はない。

 だがこちらを見る視線に、彼の返事は聞くまでもないと判断し、私は観測者へと声を掛けていく。


「私も室も問題ないわ。どうすればいいの?」


 私に発言に対し、室からの反論はない。

 その様子に観測者からは、「へぇ」というつぶやきが聞こえた。


「ふむ、言わずともってやつですか? 少々、羨ましいですねぇ。……おっと、これは今する話ではないか。私が望む条件は二つ。一つ目、私の力を推測しない。二つ目、ここで見たことは他言無用ということだけです」


 観測者が、小さな私の為にしてくれる行動なのだ。

 元から断るつもりも無かった私はすぐに答える。


「簡単じゃない。わかったわ」

「そもそも、お前に興味が無い。……始めろ」


 私の後に続いて室もいつもと変わらぬ様子で淡々と答えていく。


「ふふ、お嬢さんは愛されていますねぇ。ではお二人はこの子の前に並んで立っていただけますか?」

 

 言われるままに私と室が小さな私の前に立つと、観測者からの声が届く。


「お嬢さん。あなたに私からささやかながらお礼を。ハロウィンでの言葉は知っていますか?」


 観測者からの言葉に、小さなおばけは目をキラキラとさせうなずく。


『うんっ! 知ってるぞ』

「ではその言葉を言ってもらえますか?」

『わかったっ! えっと、たしかとり……、とり?』


 確かにその言葉は彼女に教えてある。

 だが外国の言葉、ましてや長いセリフを果たしてこの子は言えるのだろうか?

 その思いもあり、ついはらはらと見守ってしまう。

 うつむいた彼女に、自分の表情が見えないのを幸いに両手を組み祈るように見届けていく。


『えーとえと、とり……、とりってうてばとりーと? でも鳥をバンってうったらいたくてかわいそうだぞ』


 首をかしげながら困った様子で、彼女は私達を見上げてきた。


 違う、小さな私。

 鳥は撃ってはいけないわ。

 違うのだけれど……!

 あなた、とっても可愛いわっ……!


 その思いを口に出すことなく、なんとかこらえる。

 だが愛おしさと共にあふれてしまう笑みだけは、抑えることが出来なかった。

 私の表情に気付いた彼女にも、次第に笑顔が広がっていく。


 この子の頑張りに、私も応えるべきであろう。

 ハロウィンというこの日を、いっぱいに楽しんでもらわなければ。

 さぁ、私からもこの可愛いおばけにおもてなしを。

 私は両手を広げ、力を注いでいく。

 ふわり、と手のひらから黒い蝶が次々と現れ、彼女の周りを飛び始める。


「黒い友達だ! なら私もよぶ!」


 彼女はそう言って一歩下がると両手を上に掲げ、自分の友である白い蝶を呼び出していく。

 白と黒の蝶が美しく舞い踊る中で、彼女は嬉しそうにたくさんの友達と戯れ合っている。


「これはこれは、なかなかに見ごたえのあるものですねぇ。では私からも。室さん、千堂さん。きちんとお願いしますよ?」


 再び響くのは、観測者の実に楽しそうな声。

 お願いされたものの、何をすればいいのか分からず、思わず隣にいる室を見上げてしまう。

 言葉に全く動じることなく、隣の男はといえば、蝶と追いかけっこをしている白いおばけを眺めているだけだ。


「では真っ白おばけさん、ハッピーハロウィン!」

 

 観測者からの言葉の後に突然、私の帽子の中に「何か」が入った感覚。

 思わず「キャッ」と声を出してしまい、それに気づいた小さな私がこちらへと振り返る。

 帽子を押さえながら隣の様子を見れば、彼も同じく何かしらの変化があったようでスラックスのポケットから何かを取り出していた。

 そっと帽子を取ってみれば、何ということだろう。

 そこには魔女の帽子をかたどったキャンディが一つ入っていた。

 そして同じく彼の手の中にはヴァンパイアの顔のクッキーがあるではないか。


「嘘、これって、どうし……」


 言いかけた言葉を途切れさせると、私は上を向き口を開く。


「ありがとう観測者。彼女に素敵なプレゼントをくれて」


 返って来たのは、とても穏やかな声。


「こちらこそ一つ目の約束をさっそく守ってくれてありがとうございます。さぁ、お嬢さん。魔女さん達からご褒美をもらって下さいね」


 満面の笑みでこちらへと向かってくる彼女のために、私はキャンディを左手にそっと隠す。

 隣の男もさすがに空気は読むようだ。

 同じく左手にお菓子を隠し、笑顔こそないが彼女がくるのを待っている。

 

「雰囲気って大事よね。ちょっとは格好つけてくれてもいいんじゃない?」


 私の要望にほんの少しの逡巡しゅんじゅんの後、彼は右手でマントを握ると大きくひるがえしてみせた。

 広がるその様に足を止め小さな私は見入っていたが、私が手を伸ばすと再び嬉しそうにこちらへ駆け寄って来る。

 あの様子だと彼女は、私の所にかなりの勢いで飛び込んできそうだ。

 それに気づいた男の右手は、さりげなく私の肩の後ろの辺りで待機をしている。

 これならば彼女がぶつかって来ても倒れこむことも無いだろう。


 不愛想で、大事なことをちっともこちらには話してくれない。 

 だがやはり私は、この男のこういう性格は嫌いではないのだ。

 一歩、私は室へと近づきささやく。


「さぁ、可愛いおばけが飛び込んで来るわ。ちゃんと二人で受け止めるわよ、パートナーさん?」


 小さく笑みを浮かべ、私は再び彼女へと手を伸ばし待ち構える。

 数多あまたの蝶が舞う、ハロウィンの夜。

 一夜だけの魔女とヴァンパイアはその手にお菓子を忍ばせて、おばけが来るのを待っている。

 おばけからのお礼は、喜びの思い出と記憶。

 とっておきのご褒美を抱え、それぞれが特別な夜を過ごしていく。


 私は。

 ……いいえ、私達は。

 この日をこの時を、決して忘れることはないだろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さて、こちら(↓)の近況ノートにてMACK様の実にびゅーてぃほー!なイラストを掲載しております。

美しき魔女と麗しきヴァンパイア。

皆様もぜひこの二人に見惚れていただけたらと思います。

https://kakuyomu.jp/users/toha108/news/16817330648954472870


ここまでお読みいただきありがとうございました!

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