冬野つぐみの『IF』なオモイカタ

とは

第1話 万聖節に飛び交うのはお菓子だけではない。【前編】

こちらは『冬野つぐみのオモイカタ』第二章までのネタバレを軽く含んでおります。

ネタバレは嫌! 読んでから来たいわ! という方は、本編を楽しんでいただいてから来て下さると嬉しいです。


ネタバレは構わん! 読みやすいように説明して! という方へざっくり説明を。

沙十美とさとみは姉妹のようなものです。

沙十美は十九歳の女性、さとみは六歳くらいの女の子です。

沙十美はさとみを『小さな私』、さとみは沙十美を『大きな私』と互いに呼んでいます。

二人とも手のひらから蝶が出せる不思議な力を持っております。


そんな二人ですが、室という表情筋がほぼ死滅している人の家で居候をしております。

はい、大体は間違っていない説明であったと思います。

ではどうぞ、ハロウィンのイベントをお楽しみくださいませ!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「なんでよ! 協力してくれたっていいじゃない!」


 バン! と大きな音が10月末のある昼間に響く。

 私が机を叩いたことで起こった音は、予想外に部屋の中で大きく鳴ってしまった。

 それは私の隣に座っていた少女をかなり動揺させたようで、彼女はびくりと肩を震わせる。

 いけない、この子を驚かせたいわけではないのだ。


「ごめんなさい、小さな私。あなたを怖がらせるつもりはなかったの……」


 隣を向き、そっと頭を撫でてから私は彼女を抱きしめる。

 腕の中で彼女はふるふると頭を横に振り、私を見上げると口を開いた。


『大丈夫だ、大きな私。えっと、……私が怖いをしてごめんなさい』


 たどたどしいながらも素直な気持ちを伝えてくれる彼女に、いら立っていた心がゆっくりとほぐされていくのが分かる。

 おかげで冷静になるべきと気づくことができた。

 私は当初の目的である男の説得に取り組むべく、前を見据えていく。

 私達の正面のソファーに座ったその男、むろ映士えいじはいつも通りの姿勢でゆったりと足を組み、私の視線を受け止めている。

 テーブルの上に載っていた煙草の箱を手に取り、一本取り出しかけるも小さな私の姿をちらりと見て再び箱へと戻していく。

 こいつのこういう性格は嫌いではないのだ。

 けれども……。


「ちょっといつもと違う格好で少しの間、過ごしてほしい。たったそれだけの要望よ。やってくれたっていいじゃない!」

「その違う格好とやらが、外を歩けないような姿だから断ると言っている」

「歩けるわよ、なんならその日は大手を振って歩く日なのだから」

「……言い方を変える、俺を巻き込むな」


 無表情のまま足を組み替えた室は、その言葉の後にこれ見よがしにため息をついてくるではないか。


「っきぃぃ! あんたはもう少し、対人スキルとか要望に応えるという努力とかしなさいよ!」

「あいにくだが、俺は仕事の要望にはきちんと答えている。そしてそれを組織は評価をしており、苦情を受けたことはない。したがって、お前にそのような文句を言われる筋合いはないと判断する」


 再び頭に血が上るのを感じながら、口を開こうとした私の腕に、小さな手がそっと添えられる。


『ありがとう、大きな私。もういいんだ』


 そう言って小さな私は室へと柔らかく、だが寂しげな表情を浮かべ語りかけていく。


『私が知らなかった「はろぉういん」をやりたいと、大きな私にお願いしたからいけないんだ。……あんた、大きな私はわるくない』


 その言葉に、室の表情が一瞬だけゆがむ。

 果たしてその感情の揺れは、どこから来ているのだろう。


 彼女のたどたどしい、「はろぉういん」という発音だろうか。

 あるいは自分がいまだに「室」という名前でなく、「あんた」と言う名前だと勘違いをされ、呼ばれ続けているところだろうか。

 そして何よりそれを真剣に、この少女が思いを伝えてきているがゆえの、笑いたくても笑えないこのシチュエーションが彼をそうさせるのであろうか。

 眉間にたてじわを生み出した男は、何も言わず小さな私を見つめ続けている。

 そして私はこの機会を逃すなんてことはしない。

 なぜならこの男は……。


「私が悪かったわ、室。生まれたばかりで何も知らないこの子に、たくさんの楽しいことを教えてあげたい。この世の中には、素敵なイベントがあると経験させてあげよう。その私の願いをあなたに強要しようとしていたわ。この話は、……忘れてちょうだい」


 室映士。

『処刑人』と呼ばれ、組織からの命令により逆らう者の命を無慈悲に狩り続ける男。

 常に表情を崩すこともなく、その仕事内容もありこの男は他者との関わりを持とうとしない。

 冷徹な男、周囲から彼はそう評されている。


 そんな男はまるで顔を隠すかのように。

 あるいはその眉間のしわを、人差し指でこするかのような動きで顔を覆いながら口を開く。


「……その日の少しの時間だけだ。それ以外は認めん。……外の空気を吸ってくる」


 室はそう語ると、テーブルの煙草を手に取り部屋から出ていった。


 ――そう、この男。

 実はとても情に弱いという一面を持ち合わせているのだ。

 だがそれを知るものはどれほどいるであろう。

 おそらくは私と、組織内を自由に駆け回っている「観測者かんそくしゃ」と呼ばれる人物だけではないだろうか。

 姿を見せず人の行動をみて楽しんでいるその観測者に対し、ふとある考えが浮かんでくる。


「あ、そうか。これはお互いを利用しない手はないわね」


 自然と沸き起こる笑いをこらえることなく私は出していく。

 そんな姿を小さな私は不思議そうに眺めているのだった。



◇◇◇◇◇



 10月31日。

 そう今日はハロウィンだ。

 悪霊や魔女から身を守るため、仲間に見せかけるための仮装をして過ごす祭りの日でもある。

 

『大きな私! どうだ、私は似合うか?』


 いつものワンピースの上に、真っ白なフード付きのポンチョを身にまとった小さな私は、こちらを見上げながらそう尋ねてきた。

 そんな彼女へと最後の仕上げに、ポンチョの右肩についているこれまた真っ白なリボンを結びながら私は答えていく。


「えぇ、とても似合っているし可愛いわよ。そうだ! くるって回ってみてくれる?」


 私の言葉に、彼女はフードをかぶりくるりと一回転をする。

 まとったポンチョの裾がふわりと広がっていく。

 動きが止まり裾が元の位置に戻れば、フードの下からとても可愛らしい真っ白なおばけが私をうれしそうに見あげてくるではないか。

 彼女の膝の高さまでのそのポンチョの中央、ちょうど彼女のお腹の部分に当たる場所には、なんだかふにゃりと困り顔になった可愛いおばけの目と口が描かれている。

 フードのふちの部分にはふわふわとしたファーがついており、小さな私はその感触が楽しいようだ。

 何度もファーに頬ずりをしている姿は、とても愛らしい。

 

『えっと、大きな私もすごく今日はかっこいいぞ! まほうが使えそうなすごさなんだ!』


 彼女なりの精いっぱいの褒め言葉に、愛おしさを感じ私は笑顔を向けていく。

 私が着ている魔女をイメージした紺藍こんあい色のワンピースは、襟と裾がそれぞれ緩やかに波模様を描くかのように美しいラインが施されている。

 スリットの深さに少々照れる思いはあるが、まぁこんな時にしか着ることはない。

 せっかくのイベントだ、ここは純粋に楽しむべきであろう。

 届いた箱の中には、ワンピースと揃いの色の「エナン」と呼ばれる魔女がかぶる三角帽子が入っていた。

 帽子にはワインレッドのリボンが巻かれ、今日のこのイベントを引き立てる役目を立派に果たしてくれている。

 

「さすがね。この準備の早さとクオリティは見事の一言だわ……」


 一連の出来事を話し、衣装の手配をお願いできないかと、私は観測者に頼んでみたのだ。

 相手は室の態度を話した際に、大笑いをし「これだけでもう充分な価値がある」と快く私の依頼を引き受けてくれた。

 その日から二日後に届いたのが、このハロウィンの衣装なのだが……。

 

「あなたのセンスに任せるからお願い」


 軽い気持ちで頼んでみたものの、彼女のポンチョはともかく、私の衣装は採寸もしていないというのに、あつらえたかのように私を包み込んでいる。

 そのポンチョも彼女の愛らしさを余すところなく引き出すかのように、長くもなく短くも無い裾の長さとサイズで届けられたものだ。

 一体どうやってこの短期間で、まして採寸もせずにぴったりの品を準備したのだろう。


 そう考えながら帽子を眺めていると、ノックの音が私達の耳に届く。

 帽子をかぶりながら、私は扉の向こうの相手へと声を掛けた。


「こっちは準備が出来たわ。入ってもらっても大丈夫よ」


 私の声を聞き、ゆっくりと開かれた扉の先に立っていたのは夜の王であるヴァンパイア。

 今日は仕事でないこともあり、下ろした髪を緩やかにかきあげながら、室は私達の元へとやってくる。


 スラックスとシャツには見覚えがある。

 これは彼の私物だ。

 目を奪わんばかりの鮮やかさを見せつけてくる襟元を飾るジャボと呼ばれる胸元の飾りは、私の帽子のリボンと揃いのワインレッドだ。

 どうしたことか、それが私の胸に小さな喜びを生じさせる。

 アラベスク柄のベストを着こなし、歩くごとに揺れ動くマントが普段の彼の無表情さをミステリアスという言葉に変えさせているかのようだ。

 悔しいがほんの少しの間だけ、……見惚れた。

 その事実は決して本人に伝えることはないが。


「その無表情さが実にお似合いじゃないの、……ヴァンパイアさん」


 かろうじて半分だけ、素直な気持ちを切り取り言葉を出す。

 そんな彼はいつも通り、私の言葉を聞き不機嫌そうに言うのだ。


「これで俺の役目は終わりだな。今日は疲れ……」

「いえいえ、まだ大事なお仕事が残っていますよ。室さん」


 三人だけのはずの部屋に、四人目の声が響く。

 小さな私は不思議そうに、そして室と私はやはりという気持ちでその声を聞いていた。

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