02 中条快人
部室内の空気はピンと張りつめていた。何しろ、入部希望の一年生に対して「困りました」と言われてしまったからである。あたしが身じろぎさえできずにいると、栗色の髪の先輩は文庫本を長机に置き、言葉を発しだした。
「申し遅れました。僕は
「あたしは
「はい。申し訳ないんですが、この部、文芸部としては機能していないんですよ」
「ど、どういうことですか!?」
その先輩は、こう説明してくれた。
「ここに所属しているのは、二年生の男子が三人なんですが、全員、執筆とかには興味なくてですね。ただ、この部室でダラダラしたいがために入ってるんですよ」
「それじゃあ……」
「はい。みんなここで、ゲームしたり、お菓子を食べたりしてのんびり過ごしているだけです」
あたしの野望は、ガラガラと音を立てて崩れ去ったように思えた。ここに来れば、小説の書き方とか、工夫とか、そんなものを教えてもらえるとばかり考えていたのに。
「そんなわけで、本気で文芸をやりたい方には向かないかと」
「こ、困ります! あたし、小説を書きたいんです!」
先輩は、メガネのフチに指をやり、少しうつむいた後、再び顔を上げた。
「済みません。まさか、本当に小説を書きたい方がやってくるだなんて予想もしていなかったもので。まあ、そうですね。入部自体は、拒否しませんけど、活動は……」
言いよどむ先輩に向けて、あたしは素朴な疑問を口にした。
「けど、文化祭とかはどうしてたんですか? オリエンテーションで貰った部活動の冊子には、詩集を配布したと書いてありましたが」
「ああ、あれですか。過去の作品をバレないように再掲しただけですよ」
先輩がニヤリと笑った。いかにも優等生らしい風貌の彼が、そんな笑い方をすることが意外で、あたしは次の句が継げなかった。あたしはどうやら、とんでもない所に足を踏み入れてしまったらしい。
「それで、優衣さん。あなたは小説を書きたいんですね?」
「はい、そうなんです!」
「具体的にはどんなものを?」
それは、予想していた質問だった。思っていたのと、少々シチュエーションが違ったが。それでもあたしは、堂々と言い放った。
「悪役令嬢モノです! あたし、それが大好きで、自分でも書きたいと思っていて、でも上手く行かなくて……。だから、高校に入ったら、絶対に文芸部に入るんだって決めていたんです!」
言った。言ってしまった。今まで、親友や親にさえも言えなかったあたしの野望を。
「悪役……はあ、そんなジャンルがあるんですね」
対する先輩は、全くピンと来ていない様子だったが、あたしは構わなかった。
「まだキャラクターの設定だけですけど、ノートにみっちりネタは書きこんでいるんです! あたしの理想とする悪役令嬢の姿なら、イメージだけはしっかりできています!」
エレノア。それが、あたしが現在妄想中の悪役令嬢の名前だ。彼女の物語を描きたいがために、あたしはここまでやってきたのだ。予定では、エレノアのことをもっと詳しく話して、先輩たちに執筆を手伝ってもらおうと思っていた。
「けど、皆さん執筆には興味無いんですよね……」
「そうなんですよ。本を読むのも僕くらいで。他の二人は漫画なら読むんじゃないでしょうか」
ごめんね、エレノア。あたしは彼女に謝った。この感じじゃ、文芸部での華々しいデビューは叶いそうにない。もう入部は諦めようと思った、その時だった。
「ん? 誰だお前」
扉が開き、もう一人の先輩がやってきたのだった。
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