番外編(アズリエル視点)

第14話 一目惚れ

「お兄様、見て下さい。お花がとても綺麗ですよ」


「そうだな! 天気もいいし、こんな日は外で横になると気持ちいいんだぜ!」


王宮の中央にある庭園を、仲良さそうに散歩している兄妹の姿があった。


あれは、レイか。隣にいるのは自慢の妹君だろうか?


ルクセンブルク王国では珍しい、少し青みを帯びた銀髪に、アメジストを思わせる美しく大きな瞳。花に囲まれて無邪気に微笑む少女はまるで、精霊姫のように可憐で美しい。

初めて彼女を見た時、そのあまりの美しさに私は思わず目を奪われた。

可愛い自慢の妹がいるとは聞いていたが、確かに自慢したくなるのも頷けるほどだった。


「兄上、立ち止まって何をご覧に……?」


その時、弟のジルベールが声をかけてきた。私の視線の先を辿り、ジルベールはニヤリと笑う。


「何でもない。そろそろ時間だし行こうか」


弟に見られていた事が恥ずかしくなって、私は足早に歩きだした。


その数ヵ月後──


「兄上、ご紹介します。こちらは俺の婚約者のフィオラです」


「初めまして、アズリエル様。ロバーツ公爵家のフィオラ・ロバーツと申します」


弟が婚約者だと言って紹介してきたのは、あの時庭園で見かけた美しい少女だった。


「初めまして、フィオラ嬢。ジルベールの兄のアズリエル・ルクセンブルクです」


「アズリエル様、いつも兄と仲良くして下さってありがとうございます」


「こちらこそ、レイスにはいつも助けられていますよ。ありがとうございます」


「挨拶もすんだし! そろそろあっちに行こう。フィオラ」


話を遮るように、ジルベールはフィオラ嬢の腰に手を回して声をかける。


「はい、ジルベール様。それではアズリエル様、失礼致します」


得意気な笑み浮かべて、そのままフィオラ嬢を連れ去った。


心に何とも言えない悔しさが残る。


昔からジルベールは、何かと私に張り合ってくる面があった。王族としてのプライドは誰よりも高かったが、努力する事が苦手なためか、勉学も武芸もいまいち結果が出なかった。次第に下の弟オリバーにまで抜かれるようになり、遊び呆けるようになっていった。


ジルベールは、お世辞にも女癖が良いとは言えない。可愛い子を見つけると、すぐに声をかけて別室に連れ込もうとする悪い癖がある。


あの時、フィオラ嬢に目を奪われていたのを弟は見ていた。もし自分のせいで、フィオラ嬢が弟の毒牙にはめられてしまったのだとしたら、何とも申し訳ない気持ちでいっぱいになった。





「どうしたー? エル、剣に迷いがあるように見えるぞ」


雑念を振り払いたい時、私は人目につかない秘密の場所で、よく剣の素振りをしていた。その場所で、このように気さくに話しかけてくるのは一人しかいない。


ロバーツ公爵子息のレイス・ロバーツ。気心の知れた私の友人だ。


「レイか……この前、お前の自慢の妹君フィオラ嬢に会った。弟の婚約者として、紹介されたよ……」


「そうなんだよ! 俺の可愛いフィオがまたあの糞王子の婚約者になるなんて……」


「また……?」


不自然な単語が聞こえて思わず聞き返してしまった。


「あ、いや、違う……とにかく! 何でうちのフィオなんだ? 他にも年の近い令嬢はいるだろう?」


「それは……すまない、レイ。多分私のせいだ」


「それはどういう意味だ?」


「実は数ヵ月前に、お前達が庭園を散歩しているのを見かけたんだ。それで……」


「それで?」


「フィオラ嬢のあまりの美しさに目を奪われていたら、それをジルベールに目撃されていたみたいなんだ」


「うちのフィオは可愛いからな! まぁ、それは仕方ないさ! そっか、でもそれなら、何で婚約者がお前じゃないんだ?」


「私が……?」


「見惚れてたんだろ? なのに、なんであの糞王子なんだ?」


「私への、あてつけ……だろうな、きっと。お世辞にも仲が良いとは言えないからな」


「そんな事に、あの糞王子はフィオを利用したっていうのか?!」


「本当にすまない。私があの時、目を奪われなければ……」


「エル。俺はお前になら、フィオを任せてもいいと思っている」


「い、いきなり何を言い出すのだ?!」


「それくらいお前の事を信用しているって事だよ。それに、フィオがあの馬鹿王子に心を許す確率は0%だから安心していいぞ」


「いや、私は別に、その……っ」


「女に全く興味のなかったお前が目を奪われるなんて、少なからず気があるのは確かだろう?」


「なんというか、その……美しい絵画を前に思わず感銘を受けた時のような感じなのだ。そこにあるだけで目を奪われる。フィオラ嬢の美しさは、そんな感じだった。そのせいで、弟に目をつけられてしまったのが申し訳なく思ってしまったのだよ」


「まぁ、深く気にするな。フィオなら大丈夫だ、俺がついているからな! でもいつか……そうだな、お前の手を借りなければならない時が来るかもしれない。その時は、頼りにしてるからな!」


「ああ、それは勿論。私に出来ることなら何でも力になろう」


他ならない親友の頼みだ。断る理由などない。レイと話して少し気が楽になった。


それから私は、フィオラ嬢の様子を気にかけるようになった。すると見えてきたのはジルベールの酷い態度ばかりだった。

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