第8話 さようなら

「ああそれと先ほど、私の兄であるレイリウス・ローザンヌ皇子を『お前』呼ばわりしていましたわね? 王室から廃嫡された、たかだか平民風情にすぎない者が」


「お、お前たちが、ローザンヌの皇族だと?!」


「ご存知ありませんでしたか? 私の母はローザンヌ皇帝の一人娘。事情があり皇室から離れておりましたが、無事解決したので今は皇女としてあちらへ戻っていますのよ」


「そ、そんなバカな……信じられるか!」


口で言っても分からないお馬鹿ちゃんには、力を見せつけた方がはやいわね。


「精霊王ユグドラシルよ、我の呼び掛けに応じ参上したまえ」


普段はこんなこと言わないけれど、ユグドラシル様の威厳を出すには大事よね。


いつものミニ精霊バージョンではなく、私達と同じ等身大バージョンでド派手に神々しく登場されたユグドラシル様。


「呼び掛けに応じ参上した。フィオラよ、何を望む?」


「この方が、私の言う事を信じて下さらないのです。ユグドラシル様、少し力を見せつけてもらえませんか?」


「よかろう! 火炙りにするか? それとも水攻めか? 雷を落としてやってもいいぞ! それとも風で切り刻むか? 地震を起こして地中に埋めてもいいぞ?」


「だそうです、ジルベール様。何がお望みですか? 信じられないのなら、フルコースでしてもらいましょうか?」


「お、俺が悪かった! 信じた、だからやめてくれ!」


「うそよ、こんな……どうして……いやあーーー」


腰を抜かしたようで、二人とも床に座り込みがくがくと震えている。


「不敬罪で捕えられるのはどちらか、やっとお分かり頂けたようですね」


「待ってくれ、フィオラ。俺はこの女に騙されたのだ。本当に愛しているのはお前だけなんだ。だからどうか……」


みっともなく足元にすがり付こうとしてくるジルベール様。ここまで嬉しくない愛の告白もないわね、興醒めだわ。


「それはおかしいですね。貴方は愛していると仰る女の意見を聞こうともせずに、勝手に決めつけて悪者にし、この公の場で恥をかかせて捨てようとしていたのではありませんでしたか?」


「お前の気持ちを確かめたくて、ちょっとした悪ふざけをしただけなんだ!」


「いい年をして、公の場でこんな事をして、悪ふざけで済むと本当にお思いですか? そんなに私の気持ちが知りたいのなら、教えてさしあげます」


跪いているジルベール様の顎に扇子を添えて、強制的に私と目線を合わせる。とびっきりの笑顔を向けて、正直な気持ちを伝えた。


「ジルベール様。私はあなたの事が、心底嫌いです。隣に並ぶのが、とても苦痛でした。お別れ出来て、とても光栄ですわ」


みっともなく大声をあげて泣きながら、ジルベール様はそのまま地面に崩れ落ちた。


あの時、貴方が私を信じて救い出してくれていたら、違った未来もあったのかもしれない。


けれどそんな未来は訪れなかった。


貴方を一途に想って愛していた私はもう、どこにも存在しません。


さようなら、ジルベール様。


「お姉様、どうかお許し下さい! 少し魔が差しただけなんです! 身を引きますのでどうか!」


こんな下らない男はこっちから要らないと言っているのに、身を引くからなんて、どこまでも上から目線なのね。本当に虫酸が走るわ。


「はてさて、どこに貴方のお姉様がいらっしゃるのですか?」


「フィオラお姉様! お願いです、どうかっ!」


リリアナ、貴方は私がどんなに懇願しても、虐めを止めなかったわね。

地下牢で楽しそうにネタばらしをしてくれた、あの不快な顔が今でも鮮明に残っているわ。おかげで何を言われようが、一ミリたりとも心に響かないわね。


「貴方が私の事を本当にお姉様だと思ってくれていたのならば、偶然を装ってベランダから植木鉢を落としたり、毒の入った飲み物を飲ませようとしたり、階段から突き落とそうとしたりするはずなんてないでしょう? これまで私にしてきた事を、まさかお忘れになったわけではないでしょう? 魔が差せば、人を殺そうとしても許されるとお思いですか?」


「そ、それは……っ!」


「もう結構です。とても目障りなので、お二方揃って私の前から消えて頂けますか?」


衛兵に連行される、絶望しきったリリアナとジルベール様の顔を見たら、心底スカッとしたわ。


すぐに処刑しても面白くないし、あの二人には生きて地獄を味わってもらいましょう。


この世には、死ぬより辛いことがたくさんあるって教えてくれたのは、リリアナだものね。

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