第7話 身分はわきまえて
「それでジルベール様。元公爵のただの愛人の子に過ぎない平民の娘が、公爵家の屋敷内を許可なく我が物顔で闊歩する非常識ぶり。少々教育をして、何か問題がございますか? 不敬罪で処刑場送りにしなかった分だけ、温情は十分に与えていると思いますが?」
「くっ、そ、そうだな……」
身分制度にうるさいこの国では、平民は貴族に無礼を働いただけで処刑される事もある。
勿論、反論なんて出来ないわよね?
さーて、さらに追い討ちをかけようかしら。
「それにジルベール様、貴方は先日王族としての地位を廃嫡されておりますよね。ご存知ありませんでしたか?」
リリアナや他の女性達との度重なる不貞行為の証拠を、ばっちりと陛下へ提出させてもらったわ。言い逃れなど出来ないほど鮮明にね。
加えて、度重なる私や周囲への暴言と侮辱行為。よく確かめもせずに、リリアナの言う事を全て鵜呑みにして責め立てる。王族としてあるまじき思慮の浅さと人間性の欠如の酷さもね。
貴族派からは、ジルベール様を廃嫡すべきだという意見が度々上がっていたのも大きかった。これ以上問題を起こす前に、陛下は切り捨てる判断をされのだ。
『ジルベールは廃嫡だ!』と、陛下はプンプンに怒っていらしたわね。
誠実な第一王子のアズリエル様は、こちらが見ていて気の毒になるくらい謝って下さって申し訳なかったわ。
顔もルックスも性格も良いアズリエル様は、自分の事のように心を痛めておられて、親身に相談にも乗ってくれた。
兄と弟で、どうしてこうも出来が違うのかしら。不思議でならなかったわ。
でもさすがに、『責任をとって貴方を私の正妻に迎えたい』って言われた時は丁重にお断りさせてもらったわ。
馬鹿弟の責任取りで、好きでもない女を娶るなんてアズリエル様が気の毒すぎるもの。
「な、何だと?! そんなバカなことがあるか! お前など不敬罪で捕えてやる! 皆の者、あの無礼者を捕えよ!」
ジルベール様がそう言って私に指さした瞬間、控えていた衛兵達が彼等を取り囲んで剣の切っ先を喉元に当てる。
「なっ、お、おい、これは何の冗談だ?!」
「ひぃぃ! じ、ジルベール様、これは一体どういう事ですか?!」
目を白黒させるジルベール様の腕にしがみつきながら、リリアナは混乱しているようだった。
いい気味だわ。でも、私が味わった屈辱はこの程度ではないわよ。
「ご自分のお立場が、まだお分かりにならないのですか? 最後の温情として、せめて建国記念パーティーまでは今までのように参加させてやろうという陛下の配慮を無駄にして、たかだが平民風情のお二人が、このような公の場で、自国の公爵令嬢、そして他国の皇女でもある私を非難する狼藉を働いたのです。命が惜しくはないのでしょう?」
「た、他国の皇女だと?!」
「ええ、申し遅れました。この国での私の名は、フィオラ・ロバーツと名乗っておりますが、隣国のローザンヌ帝国では、フィオラニア・ローザンヌと申しますの」
精霊王を呼び出す力のあるフィレオニアの姫の伝承には、本当に驚かされたわ。
遠い昔に滅びたフィレオニア王国は、今は隣国にある複数の国と合併して出来上がったローザンヌ帝国へと名前を変えていた。
ローザンヌ帝国には、代々精霊の寵愛を受けた女児が誕生し、とても大事にされてきていたが、約三十年前悲劇が起こる。
その寵愛を受けていた幼い皇女が誘拐されてしまったのだ。ローザンヌの皇帝はずっと、その皇女を探し続けていた。そしてそれが、私のお母様だったのだ。
まだ幼かったお母様は、隣国のルクセンブルク王国で捨てられた。まだ五歳の子供が一人で生きていけるわけないだろうという犯人の思惑とは裏腹に、運良く優しい老夫婦に拾われ無事だった。そこで伯爵令嬢として大事に育てられ、ロバーツ公爵家へ嫁入りしたそうだ。
結婚当初からお父様は相変わらずクズらしかったけど、お母様は育ててくれた伯爵夫妻へ心配をかけたくなかったそうで耐えていた。
お母様からその話を聞いて、ユグドラシル様がローザンヌ皇帝に事情を説明してくれて、無事に感動の再会を果たしたのだ。
皇帝はすぐにでも戻ってきて欲しそうだったけど、私達にはこちらでやらなければいけないことがあった。
『それなら簡単に行き来できるゲートを作ればいい』
と、ユグドラシル様がローザンヌの皇城とロバーツ公爵家を行き来できる秘密のゲートを作って下さった。だから、ローザンヌ帝国とロバーツ公爵家を行き来しながら生活してたのよね。
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