第36話 3.がとーしょこら色の思い出(8)

「が、ガトーショコラ?」

「はい。今日、調理実習で作ったんですぅ」

「ぼ、僕が食べるの?」

「はい。ダメですかぁ?」

「ダメ……ではないけど」

「よかったぁ。じゃ、取ってきますねぇ」


 咲は勢いよく立ち上がると駆け出しそうになった。彼女の勢いにつられて僕は顔を上げる。


「ええ? ちょっと……どこに行くの?」

「ガトーショコラ、家にあるんですぅ。取ってきますから、お兄さんはここで待っていてください」


 そう言い残し咲はスカートを翻し走って行った。


 呆然としている間に取り残された僕は、顔を上げたついでに辺りを見回してみた。


 ここは、僕と弟の保そして咲が、小さい頃によく遊んでいた近所の公園だった。公園中央にある藤棚下のベンチに僕は居た。


「素敵なお嬢さんですね〜」


 それまで静かにしていた小鬼は、ニコニコとしながら咲が走って行った方を見やる。


「うん。いつもあんな感じなんだ」


 軽く口元が緩んでいる僕もつられて視線をそちらへ向ける。


「もしかして、お知り合いですか〜?」

「うん。幼馴染」

「そうでしたか〜。天使さんの生まれ変わりとお知り合いとは、古森さんは意外とやりますねぇ〜」

「は? 天使の生まれ変わり? 誰が?」


 小鬼はよく分からないことをサラッと言った。


 天使の生まれ変わりなんて存在するのか?


「あのお嬢さんですよ〜。天使さんの生まれ変わりなんて、なかなか出会えない存在ですよ〜」


 小鬼のさも当然という顔を見れば、その話を信じそうになる。確かに咲は誰にでも分け隔てなく優しい。天使だと言われても頷けるほどに人格者だと僕は思っている。


「確かに、咲は誰にでも優しいから元天使だったのかもなぁ」


 僕が暢気に相槌を打つと、小鬼はものすごくがっかりとした顔で僕のことを見上げた。


「何を言っているんですか〜。ではなく、そうなのですよ〜。あのお嬢さんからは、天使さん特有の甘い香りがしますからね〜」


 小鬼はとんでもない豆知識を、なんてことはない感じで披露する。


 そんな小鬼に向かって、僕は両眼をこぼれ落ちんばかりに見開いた。


「えっ!? ええっ!?」

「どうしたんですか〜?」

「咲が元天使って話、本当なの?」

「だから、さっきからそう言っているじゃないですか〜」

「咲が……元天使?」

「そうです〜。人の中には、あのお嬢さんの様に特殊な生まれ変わりがいるのです〜」


 物凄い事実を聞いてしまった。話が未知過ぎて半ば呆然と、しかし変に納得しながら僕は話の内容を一人噛み締める。

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