第22話 2.りんご色の風船に手を伸ばしたら(8)

 頑なにここへ来ようとしなかった弟の態度に納得した僕は、少し口元が緩んだ。


「あらあら。ごめんなさいね」


 家主はゴールデンレトリバーを退かせながら、門扉を開けて僕を招き入れる。


「それで、風船だったわね。どこかしら?」

「あ……えっと……あ、あそこの……」


 僕は赤い風船が引っかかっている、庭で一番大きな木を指さした。


「あら、まぁ。少し高いわねぇ」


 家主と木の下まで行き見上げる。風船の糸が張り出した枝の先に絡まっているのが見える。しかし、とても僕には登れそうにない高さだ。


 困り顔で頭上を見上げていると、家主がパンと両手を打った。


「そうだわ。ちょっと来て下さる」


 連れられて行った先は物置き小屋のようだった。壁際に背の高い脚立が立て掛けてある。


「今、主人が不在なのよ。私じゃ、これに登るのは無理だけど、あなたが登れそうならこれを使って」


 足場が十段ほどある脚立だ。十段ともなれば相当な高さになるだろう。確かにこれなら届くかもしれない。


「あ、あの……本当に使っても……」

「ええ。ただし、気をつけて登ってね」


 高さのある脚立は重量もそれなりにある。家主とふうふうと息を切らせて脚立を風船の引っかかってる枝の下まで運ぶ。やっとの思いで脚立を立てると、頂点は枝先の間近だった。


 一段登るたびにギシギシと脚立を軋ませながら、僕は風船へと近づく。足場のしっかりとした脚立のおかげで、体を安定させたまま枝に絡まった糸を難なく解くことが出来た。


 風船を手に脚立を降りると、心配顔で見守っていてくれた家主が安堵の色を見せる。それにつられて僕も微笑を漏らした。


「良かったわ。何事もなくて。風船も無事に取れたようだし」

「あ……はい。あの、脚立を戻し……」

「ああ。それは、そのままでいいわ。主人が帰ってきたら、戻してもらうから」

「い……いいんです……か?」

「ええ。気にしないで」


 僕と家主は門扉へと向かう。相変わらずゴールデンレトリバーは僕に向かって吠えてくる。


 門扉を抜け、家主へと向き直る。


「あ、あの……」


 何かを言わなければと思うのだが言葉が続かず口籠っていると、家主から声を掛けられた。


「その風船は、あなたの物なの?」

「い、いえ……その、お、弟の……」

「弟さん? 弟さんはどこに?」

「あの、その、……お、弟は……い、犬が苦手で……」

「あらまあ。それじゃあ、ここへは来れないわね」


 庭を大はしゃぎで駆け回っている愛犬へ視線を向けて、家主はふふっと笑う。

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