第10話 SU-973便
軽い上下動に目が覚めた。
シェレメチェボ空港での待ち時間と行列の疲れが出たのか、離陸後すぐに眠ってしまったようだ。
気が付くと、機内スクリーンには飛行経路を示す立体地図が映っており、乗客席全体を淡く照らしていた。
まわりにいるアルメニア人らしき乗客もほとんどが毛布をかけて眠っている。空港では大きな荷物をもっていたが本国への帰省だろうか。年末になると予約がとれず割高になるため、早めに帰省する学生や労働者が多い。
ここ数日間の大雪で除雪作業が長引いたため、6時間近く空港で足止めを食わされた。当初の予定では夜のうちに着くはずだったが、もう夜明けが近い。
モスクワからエレバンまでは2時間30分ほどである。到着予定をエニグマ(携帯情報機)で送ったが、シャックリー博士は空港に来てくれるだろうか。 レスター大学(イギリス)の博士の研究室から届いた電子メールでは「注目の発表あり」としか書かれていなかった。
この機は見たところ、ツポレフ154-5に似た旧型機だが、コックピットに入れば一目瞭然、制御系のほとんどが電子化され、自動管制網に従って飛行しているはずだ。
空路過密が次第に飽和していくなか、国際航空安全委員会の勧告に従い、2010年代には 自動管制網が導入された。機長は専ら「眠らない副操縦士」に操縦をまかせているが、 事故など不測の事態に応じて柔軟に対応できるのはやはり人間しかいない。
飛行中、機内各センサーだけでなく、機長の健康状態も管制網から監視されており、 万一異常が発生すると管制センターが応答を求めてくる。総合飛行監視システムが一定レベルの危険を検出した場合、直ちに最寄りの空港に強制着陸させることも可能だ。
同システムの導入で、航空事故の件数は激減したが、それでもこの数年間、毎年数件の原因不明の墜落事故が発生している。 医療器メーカーであるパルス・ヴィジョン社の開発した複合保安スキャナーが威力を発揮し、機内テロは皆無に近い状態だが...
あと30分ほどで到着だ。エニグマに学会の行われるホテル名と電話番号を入れたことを確認した。 メガネをかけ直し窓から外を見ると、もう薄明が始まっていた。思いのほか天候は良く見通しがきいた。 地上のようすまでかすかに見える。このあたりはぶどう畑だろうか。
耕地の彼方に荒々しい山脈が見えてきた。 主峰エルブルスをはじめ、高山の連なるコーカサス山脈。なるほど、月明かりのせいだ。
白銀の山々に見とれていると、気のせいか機体の向きが変わり始めた。景色が徐々に移っていく。
間違いない。
すると今度は高度が徐々に下がり始めた。予定より早く着くのだろうか。
フライトナビゲーターの表示を見ても空港位置はまだ出ていない。 後ろのほうで乗務員同士がなにやら話をしている。カーテン越しに漏れてくる声はよく聞き取れないが、なにかあったようだ。
私は後ろを振り返るようにして乗務員を呼んだ。「ピラスチーチェ(すみません)!」
その声にまわりの何人かが目を覚ました。窓の外を見る者、隣を起こす者、彼らもざわめき始めた。
そのとき、乗務員が真っ青な顔をしてカーテンの後ろから現れた。
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