【第13話】あなたがほしい

アンヌ先生との決勝戦のあと、俺は大会本部で賞金を受け取ると、女子選手の控室のドアをノックした。


「アンヌ先生、いる?」


するとドア越しに声が返ってきた。


「ヤニック君か。何か用? 私を笑いにきたの?」


「違うよ。渡したいものがあって」


すると、ゆっくりドアが開き、少し涙目のアンヌ先生が現れた。


「渡したいものって?」


「これ。先生にやるよ」


俺は優勝賞金の全額が入った袋を差し出した。


「どういうこと?」


「さっき、先生のメガネと髪留め、壊しちゃったから」


アンヌ先生は賞金袋をじっと見つめている。


「試合中の破損事故は弁償の対象にはならないわ。それ、まだ開封もしてないでしょ。弁償するにしても、金額が大きすぎるわ」


「どっちみち俺、賞金には興味ないし。今の自分の実力がどれぐらいなのか、試したいだけなんだ。この大会に優勝すれば、もっと上の大会に出られるだろう? ……だから、あげるよ。これ」


すると、アンヌ先生は目尻にたまった涙を手で拭いながら、すがるような顔でいった。


「頼みがある」


「頼み?」


「ヤニック君、グロワール高校に復学してちょうだい」


「2週間前に退学になったばかりなのに、すぐに復学なんて、できるのか?」


「手続きは、私が校長に直談判して、なんとかするわ」


「……いや、遠慮しておくよ」


すべての評価がトゥーネスの実力で決まる──あんな学校には、もう戻りたくない。


それに、コトネの力があれば、おそらくグロワールを卒業しなくても、勇者になる道はいくらでもあるだろう。


「お願い……あなたのような才能のある子を退学させたとなったら、グロワール高校の名に傷がつくわ」


「いや先生、俺には才能ないっていったでしょ」


「ごめんなさい。私に見る目がなかったの。私のことが憎いでしょうね。私のことは、煮るなり焼くなり、好きにしてちょうだい」


「いや、確かにあの日は少し頭にきたけど、今はなんとも思ってないよ」


「男らしいのね……」そういって、アンヌ先生はいきなり土下座を始めた。「お願いします! あなたがいれば、G組の評価は爆上がりなのよ!」


結局、それが本音かい。


「先生、人の評価ばっかり気にする生き方、やめたら?」


アンヌ先生は土下座をやめない。

それどころか、さらに頭を下げ、地面にこすりつけ始めた。


「お願い! なんでもするから!」


「いや、そんなことをいわれても……」


俺が困り果てていると、アンヌ先生はやっと立ち上がった。

そして、じっと俺の目を見つめながら、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。


唇と唇がくっつくんじゃないかと思うぐらいに。

……というか、すでに彼女の胸の先端は、俺の胸にくっついていた。


アンヌ先生は俺の腰に手を回す。


「なんでもするから……ね? あなたがほしいの」


「だ、大丈夫です。結構です」


「じゃあ……こうしましょう。私とダブルスを組んでくれない? 草トーを片っ端から荒らしちゃいましょうよ」


「いや、それも興味ないよ俺」


「はあ……ダメか。やれやれ」


こっちのセリフである。

そのとき、背後から声がした。


「おーい、ヤッちゃん! そんなとこで何やってんの? 人を観客席に置き去りにして!」


モナの声で、アンヌ先生は俺からぱっと手を放して、控え室の中に姿を消した。


「ヤッちゃん、女子の控え室で何する気?」


「変な誤解すんなよ。ちょっとアンヌ先生に、これを渡そうと」


「それ優勝賞金じゃない! なんであげちゃうの?」


「アンヌ先生、カネに困ってるみたいだから」


「いやいやいや! いっちゃ悪いけど、ヤッちゃんの家だって裕福なわけじゃないでしょ。ご両親に渡したら、めちゃくちゃ喜ぶよ!」


「確かにうちは貧乏だけど、べつにカネには困ってはいないからな」


「そうなの?」


「そうだ」


俺は控え室のドアの下のすき間から、賞金袋をグイッと差し入れた。


「先生、カネ、置いとくよ。じゃあな!」


俺としては、アンヌ先生を憎む気にはなれない。

それどころか、他人の評価ばかりを気にしている彼女を気の毒に思ったりもする。


また、プライドをへし折ってしまってすまないと思う気持ちもあって、賞金はその慰謝料みたいな意味もあった。


「ヤッちゃん、本当にいいの?」


「ああ、いいんだ。帰ろう」


貧乏だがカネに困っていない、というのは本心だ。


世の中、カネ目的や他人の評価目的で動くやつが多すぎる。

アンヌ先生は、そんな社会の犠牲者のような気がする。


そんなものがなくても、俺は十分に幸せだと思っているし、むしろ、余分なカネがないからこそ幸せなんじゃないか、とすら思えるのだ。


モナと別れて帰宅すると、俺はまだラケットの姿をしているコトネの意見を聞いた。


「もうグロワールには行きたくないから復学の話は断ったけど、いいよな。他にも勇者になる方法はあるもんな」


「……。どっちでもいいと思う」


「コトネはどこの高校を出て勇者になったんだ?」


「高校は出ていない」


「じゃあ、どうやって勇者に?」


「国王に直談判した」


「はあっ!? どうやって? 王宮に行って、『たのもー! 王様! 勇者になりたいんですけど!』ってか? よく守衛に殺されなかったな!」


そのとき、ドアをノックする音がした。

俺はコトネ──ラケットをベッドに置くと、玄関に向かった。


ドアを開けて驚いた。

そこには、よく見知っている3人の少女がいたのだ。


グロワール高校1年G組で、男子人気のトップ3を誇る美少女たち。

いずれも小柄であるにもかかわらず、スタイルは抜群。


通称「バスト3(スリー)」とも呼ばれる女の子たちであった。

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