【第9話】私も可愛くなるから

「付き合ってるの?」


玄関前で待ち構えていた人物は、俺を見つけるなり、そういった。


その人物は、さっき俺が試合で倒したばかりの相手だった。


「エルミー! ……って、なんでここに!?」


「私ねェ……あんな負け方をして、とても悔しかった」


「ごめん。君をはずかしめようとは思っていなかったんだ、悪いのは……」


このラケットだ、といいそうになって、俺は言葉をのみこんだ。


「いいの。今はもう悔しくない。だって、よく考えたら、あんなに正確に砲弾を打てる相手に負けるのは、当然のことだから。あなた、強いのねェ」


「……いや」


「ねェ、ヤニック君。あなた彼女と付き合ってるの?」


「彼女……?」


「モナのことよ。幼なじみなんでしょ?」


「そうだけど、付き合ってはいないよ」


「ふうん……」


心なしか、エルミーが微笑んだ。


「じゃあ、ねェ、私と付き合って」


「えっ!」


「好きなの。付き合って」


「え……えっ!?」


「私ねェ……強い男の子に弱いの。お願い」


エルミーが俺に近づいてくる。


そのとき、不意に背後から声がした。


「ヤニック」


背負っているラケットケースの中──コトネの声だ。


「今はちょっと、だまっててくれ。もし可能なら、ついでに目もつぶっててくれ」


ラケットのどこに目があるのかはわからないが。


「ヤニック」


「コトネ、頼む。だまっててくれ」


俺のようすがおかしいのに気づいたエルミーが、首をかしげている。


「どうしたの? 誰と話してるの? うしろに誰かいるの?」


「いや、ひとり言」


「……ねェ、ヤニック君のおうちに入ってもいい? ご両親はまだ、帰ってないみたいだし」


ゴクリ。

この展開って……。


いつのまにか、エルミーの顔が俺のすぐ目の前まで近づいていた。

エルミーのほほが夕焼けにポッと照らされて、色っぽい。


「ん……? 夕焼け……? まずい!」


「今度はどうしたの? ……あれ? ねェ、ヤニック君のラケット、光ってる?」


俺は背負っていたケースからラケットを素早く引き抜いた。


ピンク色に輝き始めている。

日没だ!


「エルミー、ちょっとそこで待ってて!」


俺は急いで家の中に駆け込むと、ラケットを毛布でくるんだ。

毛布がぐんぐん膨らむ。


やがて、毛布のはしからコトネが顔を出した。


「あぶない、あぶない。ぎりぎりセーフ」


「アウトみたい。後ろ」


コトネが指さした先を見ると、エルミーがぼう然と立っていた。


「わーっ! 勝手に入るなよ!」


「こういうことだったの……」


もうダメだ。

ラケットの秘密を知られてしまった。


「えっと……これは……その……」


「彼女どころか、もう同棲相手がいたのね」


「えっ?」


「可愛い子ねェ……。こういう子が好みだったのね」


「えっ……えっ?」


そうか。

いきなり現れた少女に驚きはしても、少女の正体がラケットだとは、エルミーは理解できていないのだ。

おかしな誤解はされているようだが。


「ヤニック君、さようなら」


「あ……うん」


ちょっと惜しいことをした気もするけれど、これで俺のことをあきらめてくれるのなら、それはそれで人間関係がこじれず、スッキリするかもしれない。


別れ際、エルミーはいったん俺に背を向け、数歩だけ歩いてから、振り返った。


「私、負けないからねェ!」


「……は?」


「あの子みたいに、私も可愛くなるから。またねェ!」


あきらめないのかよ!

俺は心の中でツッコミを入れながら、エルミーに手を振った。


そして同時に、なぜだかホッとしていた。

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