【第2話】勇者の記憶

帰宅して、水を一杯飲んでひと息ついた俺は、イスに腰かけた状態で眠ってしまった。


しばらく眠りこけていたら、コンコンとドアをノックする音がして、目が覚めた。


「あ……どうぞ。カギは開いてます」


ドアを開ける気力も残っていないので、腰かけたままドアに向かってそういうと、入ってきたのはモナだった。


また何か小言をいいにきたのかと思いきや、さっきとは打って変わって、なぜか申し訳なさそうな表情をしている。


「なんだよ、その神妙な顔は?」


「ヤッちゃん、ごめんね」


「ん? 何が?」


「さっき、G組の子が帰りにうちに寄って、教えてくれたの。期末トーナメントのこと」


「ああ、さっきもいったろ。最下位だよ。アホのザコタにも負けた」


「アンラッキーだったって聞いたよ。イレギュラーボールがおなかに当たったんでしょ。かなり痛そうだったって。大丈夫?」


「ああ……もう痛くないよ」


「よかった」


モナは心からホッとしたような顔をした。よく見ると、瞳のフチが濡れて光っている。


「おまえ、泣いてるのか?」


「だって……だってヤッちゃんに、もしものことがあったら……私……私……」


「大げさだな。大丈夫だよ」


安心したのか、モナは微笑みながら大粒の涙をこぼした。

怒ったり泣いたり笑ったり、忙しいやつだ。


「入れよ」


泣いている女の子を玄関に立たせておくわけにもいかないので、俺はモナにハンカチを渡しつつ部屋に招き入れた。


招き入れてモナを座らせてから、ようやく気がついた。


今はまだ両親が仕事から帰っていないので、この家には今、俺とモナしかいないのだ。

歳ごろの男女が夕暮れどきに、ひとつ屋根の下で2人きり……。


俺とモナはテーブルをはさんで向かい合わせに座っていた。モナの泣き腫らした顔が可愛らしい。

だが、ここで女子に対して何か積極的にアクションを起こせるようなキャラではない俺は、モナが何か言葉を発してくれるのを待った。


「ケガしてるのも知らずに、ひどいこといってごめんね」


「いや、大したケガじゃないし。気にしてないよ」


「だから私、期末トーナメントでも練習試合と同じように防具をつけるべきだって、何度も校長先生にいってるのに」


「あの校長、いつも朝礼で『防具をつけた試合では、真の勇者を育むことはできない』とかいってるな」


「きっとサドなのよ、校長先生。……でもヤッちゃん、退学になったぐらいであきらめないよね。勇者になって一緒にパーティーを組むって約束したんだからね」


「いやいやいや! 勇者になることはともかく、一緒にパーティー組むとか、約束してないだろ」


「したよ!」


「してないって!」


「した!」


「してない!」


どうやら、俺かモナのどちらかの記憶が違っているようだ。


小学校時代まで時間を巻き戻してみよう。


   *


あれは6年前の夏だった。


9歳の2人が裏山の小川で泳いでいたとき、水の中から巨大な魔物が現れたのだ。


まるで鮫のような恐ろしい顔と、クマのような毛むくじゃらの巨体。

まさに魔物だった。


「きゃーっ」


モナが叫ぶと、その声に触発された魔物は、今にもモナに襲いかかろうとしていた。


俺はとっさに魔物の前に立ちはだかる。

といっても俺は小さな子どもだ。魔物はちっともひるまない。

それどころか、目標を俺に変更して突進してきた。


……と、そのときだった。


バシイイッッ。


魔物が何かに打ちのめされて、いきなり水しぶきを上げて倒れ込んだのだ。


砲弾だ。

たったの一発。

これが噂に聞く、トゥーネスの実弾の威力なのか。


そのとき、俺たちは生まれて初めて、トゥーネスのラケットをかついだ本物の勇者を見た。


「2人とも、無事だったかい? このあたりは危険だ。遊ぶときは大人と一緒じゃないとダメだよ。いいね」


俺とモナは、恐怖と驚きのあまり、声も出ない。ただ、コクリとうなずくのが精一杯だった。


「うん、いい子だ。日が暮れる前に帰りなさい」


そういって背を向けた勇者と5人の仲間たちの後ろ姿は、夕日に照らされてまぶしかった。


帰宅した夜、俺とモナは夜通しで、さっきの出来事を何度も何度も反すうして盛り上がった。


「ねえヤッちゃん、勇者たちカッコよかったねえ」


「そうだな。俺も勇者になろうかな」


「ヤッちゃんなら、なれるよ! だってヤッちゃん、トゥーネスうまいもん!」


「そうか? じゃあ俺、将来、絶対に勇者になるって決めた!」


「じゃあ私も!」


「女勇者か! でも、1つのパーティーに勇者は2人もいらないな」


「じゃあ、勇者やめた! ヒーラーになって、ヤッちゃんの体力を回復してあげる!」


「それはいいな。勇者にしろヒーラーにしろ、一流を目指すなら、高校はやっぱグロワールに入らなきゃな」


「そうだね。一緒に入ろうね!」


   *


やばい。しっかり約束してた。


「ま……まあ、とにかく、だ。グロワール高校を退学になってしまった今、勇者になることも、一緒にパーティーを組むことも遠い夢になっちまったな」


「ヤッちゃんらしくないよ。実力をつけて、編入試験を受けなよ!」


「編入試験~? 無茶いうなよ。前回はまぐれで受かったけど、二度と受かるもんかよ」


「練習あるのみ! 今日はもう遅いけど……明日から毎晩、放課後に特訓してあげるから。いや、朝練もやったほうがいいかな?」


「1日2回も特訓~っ!? カンベンしてくれよ!」


気がつくと、すでに深夜に差しかかっていた。

そろそろ両親が帰ってくる時間だ。


せっかくモナと2人きりだったのに、トゥーネスの話ばっかりしていて、絶好のチャンスを逸した感じだ。


編入試験なんて、とても受かる気がしないけれど、明日から毎晩モナと会えるのは、ちょっとうれしいかも。


俺はとなりの家までモナを送った。


帰宅すると、ちょうど両親が帰ってきた。

上機嫌の親父が魔獣の肉をかついでいる。


「ヤニックただいま! 見ろ! 今夜はトリプトルのシチューだぞ」


「ヤッちゃん、おなかすいたでしょ。すぐ作るね!」


トリプトルといえば、肉屋で買えば目玉が飛び出るほどの高級肉だ。


両親のテンションが上がるのは無理もないが、退学になったことをいい出せる雰囲気ではない。


「夕食ができるまで、少し時間あるよね。ちょっと壁打ちしてくる!」


俺はそう告げると、ラケットとプラクティス砲弾を持って家を飛び出した。


練習嫌いの俺は壁打ちなんてめったにやらないのだが、今日は体をクタクタに疲れさせて、腹いっぱい食べて、ぐっすり眠りたい気分なのだ。


俺は走った。

そこで待ち受けている、一生忘れられない運命の出会いに向かって……。

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