テレポート実験
第11話
隔離病棟の廊下は冷たく静寂に満ちていた。空気清浄機が効いているためか、
九籐さんは何度も訪れるているように感じる。脇目をふらずただひたすら、小走りに移動していた。
病室のプレートを確認する。プレートの名前には『
「龍美くん、ちょっと手伝って」
廊下にいた僕に九籐さんは、声をかけてくる。病室に入った僕の目の前に、ベッドがあり、そこで小柄な女性が、生命維持装置の酸素吸入機を口にあてられ眠っていた。
僕らが来たことでその女性は目を覚ます。憐れみのある表情をみせた。
「くどう……さん」
彼女の僕に向けた表情は、不思議なものを見ている眼だった。
「お待たせ。実験装置のある部屋まで移動するわ!」
九籐さんが僕とツグミさんを交互に見て、
「……っと、その前に、この男の人のことを手短に紹介するわね。あなたと同じ時代から来た戸岐原龍美くんよ。あなたを迎えに来たの」
と、彼女の聞こえる範囲に顔を近づけいった
「えっ!?」
ツグミさんは驚いてかたまっていた。九籐さんは、何か、彼女に言ってあげて、という顔つきで僕に手を添えてくる。
僕は、ツグミさんの顔を和らげようと笑顔を繕った。一瞬、どう言おうか迷った。
「安心して。僕がきみを絶対妹さんのところに戻してあげるから」
僕は力強い頷きを彼女に見せた。
すでに用意されたストレッチャーをベッドと平行におき、維持装置の操作を素早くおこなった。
「龍美くん、ツグミさんを移動させるわよ!」
僕は両肩をもち、彼女の掛け声に合わせて、ツグミさんをストレッチャーに移動させた。
「揺れるけど辛抱してね」
ツグミさんはしずかに頷いていた。
隔離病棟をはなれ、エレベーターへとむかう。
大型の空間にストレッチャーをゆっくりと入れていく。
ふと、
「ツグミ……さん?」
九籐さんが心配そうに彼女の顔を窺った。
「大丈夫……?」
「うん……ごめんなさい、九籐さんに迷惑ばかりかけて。なんか、いろいろ思い出していたら……」
「そんなこと……今は気にしないで」
「ときはら……さん」
か細い声が僕に聞こえてきた。狭い空間をなんとか移動して、ツグミさんの顔が見える位置まで移動した。
「ちなみは……妹は元気ですか……?」
「ツグミさんの帰りを待っているよ! 僕と一緒に戻ろう。在るべき時代へ」
ツグミさんは大きく頷いた。
実験装置を設置した部屋へといそいだ。
一般病棟に臨時で作られた簡易実験室には、マスクをした白衣姿の壮年の男性と看護師とみられる女性、そして、防護服に身をつつみ、性別が判断しづらい作業員姿の人たちが、ストレッチャーで運ばれてきたツグミさんを見守っていた。
女性看護師が優しくツグミさんに声をかけた。
「ツグミさん、これで安心ですね。体を大事になさってください」
「ありがとうございます」
「ツグミさん、われわれができる精一杯のことをしたつもりだが、どうか病気に打ち勝ってくれ!」
力強く壮年の男性がいった。
「はい……」
合図のように、防護服の作業員へ壮年の男性が軽く首を縦にした。
ツグミさんは、防護服をまとった作業員たちに囲まれる。総出で着替えをしているようだが。
「院長、ご協力感謝します!」
壮年の男性に、ふかくお辞儀を九籐さんがしている。
「
院長らしき男性が、そういうと九藤さんは、二言、三言話しを合わせ相槌を打つ。話の流れから男性のいう【あいつ】という言葉が、シライ博士だということがなんとなくわかった。どうやら、この
ツグミさんの着替えが終わると、全身スーツの姿で、ふたたび彼女はベッドへと寝かされる。
僕は、彼女に対するエクスチェンジ実験を、どうやって行うのか気になっていた。彼女は、とてもじゃないが長時間立っていられる気力がない病人だ。
円筒状の実験装置は、天井に届かんばかりに、縦に配置されている。筒状の内部もベッドが入るほど底辺が広かった。僕が行ったインスペクションの検証実験時と、ほぼ同等の形状をしている。
よく見ると、彼女の寝かされている実験用のベッドは、すっぽり入るように
防護服に身を包んだ作業員のひとりが、九籐さんにいった。
「九藤副主任、準備が整いました!」
「ご苦労様です! 隣の部屋で待機していてください!」
「了解しました!」
作業員たちは速やかに部屋から退出していった。残ったのは、僕らと壮年の男性と看護師のみになる。
「まったく、
「承知してます!」
壮年の院長は、それだけを言うと看護師とともに部屋を出ていってしまった。彼らは九籐さんとツグミさんに挨拶に来たようだった。
九籐さんは、
「驚いた? 本来ならあなたに実験の内容を詳しく説明したかったのだけど、ちょっとトラブルがあってね」
装置の操作をしながら続けて話し出した。僕も九籐さんに促され、ツグミさんの頭に装置を装着する手伝いをした。
「急きょ、変更になってしまって、前にあなたに説明した実験とすこし違うことを謝っておくわ!」
「どんなふうに、違うんですか?」
「前に話したときは、物質を粒子に変換させてテレポートを行う、といったと思うけど、今回のは代替によるテレポートなの」
「代替え?」
さすがに【代替え】と言われても、すぐにピンとくる人は少ない。ツグミさんもやっぱり、疑問符が浮かぶ不思議な表情で、首をすこし傾けていた。
「言い換えれば“交換テレポート”かな。すでにこの人、戸岐原くんが検証を自ら名乗りでたの。だから安心して」
「でも、わたし……」
ツグミさんは不安な顔つきで九籐さんをみた。
「安心して。あなたの代替えになるものは、既に研究所で用意されているから。あらかじめ身体のデータはあるわ!」
「ありがとう、ございます……」
装置の準備が完了すると、
「ツグミさん、しっかり意識を持って。また後で。研究所で会いましょう!」
円筒装置の外へと僕らはでた。
いつのまにか、九籐さんの手には大きめのタブレットを両手でしっかりと握りしめている。
独特な機械音とともに、円筒装置のツグミさんの寝ているベッドが、ゆっくりとツグミさんごと直立を始める。
「龍美くん、念のためにゴーグルをしておいて。強い発光があるかもしれないわ!」
渡されたのは特殊な遮光が施されているゴーグルだった。実験のたびに、紬さんや博士が身につけているものと同等のようだ。九籐さんも首元にかけ円筒装置のパネル操作をはじめる。
「紬さん、聴こえる? こちらは準備が整ったわ!」
耳に装着したイヤホンから九籐さんは、研究所の紬さんとコンタクトをとっていた。僕には、会話の内容は、九籐さんの応対しかわからなかったが、
円筒装置の作動を本格的に起こり、エネルギーの溜まり始める独特の音が室内に響きわたる。
いよいよだ! 多少のトラブルはあったけど、これで任務の半分は達成できる……。
僕には、知奈美の笑顔が思い浮かんでいた。彼女の笑顔が僕にとっては真夏の太陽そのものだった。
かがやく眩しい光とともに、ベッドの彼女は消えた……。
つづく
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