第9話



「次で最後よ! もう少しだから頑張って!!」

 僕らは実験場の中に缶詰め状態になっていた。

 休憩を挟みながらも、彼女と僕は第九実験場で人体交換テレポートのインスペクションテスト、いわゆる点検を兼ねた検証試験を行い、何度も繰り返した。

 5回ほどは全裸での実験検証を行ったあと、服を着たままの検証、台の上に乗った時の検証などいくつかのバリエーションを混ぜつつ繰り返す。その都度、彼女が僕に起こった身体の体調を訊いてきた。実験報告書として記載し、博士に提出するのだろうと僕は思った。

 ふぅ、と大きく息を吐いて無事検証が終わりを迎える。

「お疲れ様!! どう? 体の方は? 異常はない?」

「特にはありません。ただ、僕の場合、偏頭痛が実験後に起こることがあります」

「偏頭痛に関しては仕方ないかもね。一応、報告書には記載させてもらうけど、全体的に実験を繰り返してみて、気になった点とかは、ある?」

「交換後になんとなく全裸の時と比べて、高揚感が薄れた気がしました」

「それは、から、ってことかしら?」

「気のせい、と説明すればそれまでですが、全裸の時の方が、スッキリ感が強く感じました」

「なるほど。もしかすると、脳内麻薬と呼ばれる物質が、通常よりも分泌されているのかもね」

 紬さんはキーボードをカタカタ鳴らし文字を打ちつづけているようだった。

「よしっ! 出来上がり!!」

 4台のコンピュータを相手にひっきりなしに右往左往している。話しかけるのをはばかりたかったが、地上に出るためにはセキュリティの認証カードが必要だったため、紬さんと一緒じゃなければ通れなかった。あくまでも2020年の世界ではなのだ。

「紬さん……実験検証は終了で、いいんですよね?」

「ごめん、レストルームで待機してて。すぐ行くわ!」

 僕は、ぽつんと残る彼女をよそに実験場をあとにした。



 レストルームに設置された大型スクリーンのテレビには、東京オリンピックの開会式のリハーサルの映像が流れていた。

 研究所内では、外界との情報のやりとりは、限られている。個人で持っているタブレット端末かレストルームのような場でのテレビぐらいだった。特に僕のようなゲストの場合は、唯一の情報源だった。地下なので時間の流れも設置されている掛時計でしかわからない。娯楽と言えるものは存在しなかった。

 僕は、何気なしに掛け時計をみて驚いた。朝早くからはじめていた実験検証は、昼間を通り越して既によいの口になっていたからだ。一日中検証に没頭していたようだ。腹が減ってもいいはずだが、休憩時に紬さんから渡されたドリンク以外口にしていなかった。


 しばらく休憩していたが、睡魔が忍びよりいつの間にか僕はうたた寝をしていた。

「……みくん、龍美くん!」

 紬さんに肩を揺すられ起こされた。

「紬さん……」

「待たせて悪かったわね。すぐに地上にでましょう!」

 僕は大きく伸びをした。

「さっき九籐さんと博士が来て、明日に決まったわ!」

「えっ、決まった?」

 彼女は大きく頷き、

「人体エクスチェンジ実験の決行の日よ!」

 抑揚がある声でいった。




 2020年5月26日。

 僕が、2020年に来てからすでに2日が過ぎた。この1日後に父親は亡くなる。元気な姿を見るチャンスがあるなら、会いたい。そう願った。

 朝早くから研究所の敷地内は、ものものしい雰囲気にあった。九籐さんの言うように軍が闊歩するほどの緊張感になっていたからだ。

 大きい音が鳴り響き、輸送ヘリが敷地内に降り立った。

 九籐さんの説明によると軍の輸送ヘリで、高橋さんのお姉さんのいる病院へ向かうということになったらしい。



 世間では、7月に東京オリンピックが開催されようとする中に乗じての決行だった。総合病院の一時閉鎖もスムーズに行われる。まだ、新型ウィルスの重症者の増加が緩いため、だったかもしれない。

 遠隔遮蔽物えんかくしゃへいぶつによる人体エクスチェンジ実験は、今回が最初で最後だとシライ博士は断言した。

 病院の屋上に降り立った輸送ヘリは、さっそく準備を始めた。驚くほどの速さで簡易研究室が作られる。限られた敷地で円筒状の装置が病院内に運び込まれ、個室部屋二つ分の広さの病室に設置された。

「龍美くん、もう少し準備に時間がかかりそうだから、お父さんの様子、見てきたらどう?」

「でも、僕は……」

 九籐さんはすこし哀しげな表情を見せていた。

「博士から聞いているわ。お父さんを肺炎で亡くされたことを。明日、なんでしょ?」

「はい……」

「準備ができたら、呼びに行くわ!」

 僕は、黙ったままふかくお辞儀をして父、戸岐原隆房ときはらたかふさの病室へと向かった。

 エレベーターで3階の端にある『307』に隆房の名前があった。

 僕は、ふかく深呼吸してスライドドアの取っ手に手をかけ、勢いよく開けて病室に入った。

 


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る