第7話
「まさか……」
僕には反論することができなかった。生命に関わることなら、どんな倫理も通用しないというのか、と自問自答した。
「彼女を……高橋さんを人体実験として」
「それしか、助ける道が思いつかないの」
「だけど、まだ動物実験の……段階なんじゃ」
一緒に聞いていた九籐さんが言葉を発した。
「ええ、もちろん。短距離に対しては無事成功したわ。問題は、長距離で遮蔽物の多いものに対しての実験なの」
僕は黙っていた。テレポート技術は2020年代後半に実用化が急速に進んだ技術でもあった。最初は、物質のみの移動に限られていたが、次第に動作のともなうもの、そして、植物、動物と生き物に対しての実験が行われるようになったからだ。
九籐さんは、激しく反論している。実験結果の前例が、まだ乏しい中での研究所外での実験はリスクが高いと不安をあらわにしている。
「僕が被験者になります! テレポートなら、重力が一定だから余分な負荷はかかりませんよね」
いきなりの申し出に、彼女たちは一瞬硬直していた。ふたりは僕を見据えた。
「戸岐原くん!」
「戸岐原さん……」
「時間はないわ! すぐに博士と話し合いの上、実験の準備をするわね! 準備出来次第、呼びにくるから待っててね!」
紬さんは、忙しく室内から出て行ってしまった。
「戸岐原さん……、本当に被験者になっていいの?」
残った九籐さんは、心配な表情をまざまざと僕に向けてくる。
「わたし、一度だけ動物のテレポート実験を見たことがあるのだけど……その時は実験が失敗に終わってしまったの」
九籐さんの話によると、失敗の原因は、再構成時の粒子の幅が空いてしまったらしくみるも無惨な結果になったらしい。当然、その動物は死んだ姿だったという。僕は今更に恐ろしくなっていた。だけど、ここで引き下がってしまったら、何のために2020年にきたのかがわからない。高橋さんを連れて帰ると約束した以上、安全を確かめるためにも被験者になるほかないと思った。
「九籐さん、結局、誰かが被験者にならなきゃいけない実験だし、僕はどうしても高橋さんを元気にして、元の世界に戻りたいんです!」
「君の言う通りね。わたしもできる事をサポートさせてもらうわ!」
彼女は明るく笑みを浮かべ、ドアへと向かった。
数時間後の実験に備えベッドで横になった。
どのくらい眠っていただろうか、話し声が近くから聞こえてくる。
「起きたわね!」
待ちかねたように、紬さんは話しかけてきた。そばには彼女の他に白衣姿の男性がいる。細縁のメガネに科学者の独特な鋭さを持った双眸を僕に向けてきた。20代後半か30代半ばらしい容貌だ。
「すまない。僕らの会話で目が覚めたかもしれないな」
僕は起き上がり首を傾げた。
白衣の男が僕をじっと見つめる。そうかと思うと、手を後ろに組んで僕の周囲の匂いを嗅ぐように近づいていた。
「な、なに、を? もしかして、シライ、はか、せ?」
「うむ、実にすばらしい推理だ!」
冗談混じりとも言える科学者の男は、クスッと口角を上げた。
「博士!」
紬さんに
「君が20年後の未来から来た戸岐原龍美くんでまちがいないね!」
紬さんが仲立ちして、
「あなたが指摘した通りシライ博士よ! テレポート実験の被験に関して、もう一度確認を取りたくて」
と彼の紹介をする。
僕にとっても、博士にとっても間近で対面するのは、初対面だ。もっとも、僕は、壮年期の博士には顔を合わせているが、何か不思議に感じた。老いた時の博士とはまったく別の何かを。
「これからは、龍美くんと呼ばせてもらうがいいか?」
僕はかるくうなずいた。
「改めて問う。重力と粒子を通過してきたなら、ある程度耐えられると感じるだろうが、テレポートの場合は、身体全体に特殊な装置を取り付けることになる」
「えっ……」
「タイムトラベルとは違う点を了承してもらいたい。タイムマシンにもいろいろと種類が存在するようにテレポートにも種類がある。今回試す方法は、テレポート実験だ。くどいようだが、僕の手法としては、体に付着させた装置で行う方法だ。君は、それでも《《被験者》》として参加するか?」
僕は目を閉じて考えた。ここで『No』と言ってしまえば、結局誰かが被験者になるだろうと思った。だったら、僕にとっての任をまっとうするためにも、参加すべきだと覚悟を決めた。
「被験者として参加します! 安全性が担保されれば、僕の目的も達成しやすからです」
うむ、と博士は頷き両肩に手を置く。
「龍美くんの決心が硬いことを確かめることができた。すぐ準備に入らせてもらうよ!」
「龍美くん、早速だけどこの服を着て!」
紬さんが差し出してきたのは、宇宙服にも似たダボダボの分厚い服だった。
「あの、装置を体に装着するんじゃ?」
「まずはその服に体型を記憶させて、正確な座標を設定しなければいけないの。だから、余計なものは全て取り外してね!」
「下着も、ですか?」
「もちろんよ!」
彼女の言われるがままに僕は、特殊な服を身につけた。
実験室のある場所へと向かう。廊下では、数人の研究員らしき白衣姿の男女とすれ違った。彼らは僕の異様な服をみて、ついに被験者の実験に入るのか、という驚きの表情をする人もいた。中には、お辞儀をする者、合掌するものまでいた。
僕の服を身にまとった何かの末路を知っているかのようにも思えた。
さもありげな実験部屋へと導かれた。さながら、SF映画やアニメに出てくるような空間だった。コントロールルームとまさに実験室と思わせるベッドの備え付けられた部屋とガラス越しで隔てられている。
紬さんがこと細かに実験の概要を説明した。実験といってもただ単純に立っている姿、仰向けの姿、うつ伏せの姿の座標撮りを行うものだった。次に行われたのは、手のひらサイズの球型の装置を、体に数十個装着した時のデータ撮りをはじめる。それを何度もおこなった。僕は単にまったく動かないことから、睡魔が襲ってきて、眠くなりそうになる。紬さんの目の前で生あくびをしたことで、何度となく怒鳴られてしまった。
しばらくしてシライ博士がコントロールルームに姿を現した。僕は、ガラス越しにシライ博士と紬さんが何かを話し合っている光景をつぶさに見つめる。一方的に彼女が話す中で博士は聞く耳を立てている様子だった。
「お疲れ様! ようやくあなたの身体全体の座標が出来上がったわ! 明日がいよいよ本番よ! 心の準備はしておいてね」
僕は、スピーカーから聞こえてくる彼女の優しい声に安心感を持っていた。
実験室に九籐さんが入ってきた。
「お疲れ様! とりあえず今日のあなたの作業は終了よ。宿舎に案内するわ! ついてきて」
言われるがままに僕は実験室を出た。
やはりというべきか、2020年で既に、地下深くに研究所を設けていた。僕と九籐さんはエレベーターに乗り込むと地上をめざす。
宿舎の中に入り、管理事務所で九籐さんはカードキーを受け取る。『303』という数字が彫られていた。それを僕に手渡してくる。
「マシンにあった荷物は、すでに部屋に運んであるわ! 明日が本格的な検証実験だからしっかり寝て起きなさいね!」
「ありがとうございます!」
「部屋まで案内ができなくてごめんなさい」
「気にしないでください!」
僕は一礼すると階段へと向かった。
部屋に入った僕は、ベッドへとダイブした。いたってシンプルな作りの部屋と窓から研究棟がみえた。
2020年にきて初日を迎えたが、既に1日以上は費やしている。僕の父親が亡くなった日までほんの2日ほどだ。
高橋さんを連れ戻すことは、一番の目的だが、僕は、生きている時の父親にも会っておきたかった。5歳の頃の父親の姿は、ぼんやりと覚えていたが、顔がはっきりと思い出せないでいた。そんな事を思いつつ、いつのまにか眠りこけていた。
つづく
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