第1話


 数日後、僕宛『戸岐原龍美ときはらたつみ』の採用合格の通知が届いた。

 僕を含め、数人の採用が決まったようだった。というのも、企業のサイトに、応募コードと一緒に名前が載ったのだ。待ち合わせしたうえで、広大な敷地に案内される。

 はためからは想像できないほどの娯楽施設が軒を連ねている。画面360度のVR映画館、AR拡張現実を応用した博物館、VRを使ったカジノ施設、聞いたこともないようなAIが組み込まれたMR複合技術を活用したゲームセンターなど、科学技術の最先端をいくアミューズメント施設があり、僕らは案内される。僕にとっては大好物のゲーム施設だ。

 宿舎も用意され、そこで数ヶ月間過ごすことになり、最終的にひとりを臨床試験のとして迎え入れると、監査官がこたえた。

 最初当惑するも、合格者は楽しんでいる様子だ。研究所の目的が不明確なだけに、僕としてはゲーム施設を前にしても、心から楽しむ気持ちにはなれなかった。

 合格者らの中に唯一ひとりの女性がいた。彼女の名は高橋 知奈美たかはしちなみさんという。

 ふと、奇妙に感じた。臨床試験であれば、女性がもう少し選ばれていたとしても不思議ではないはずなのだが、男性合格者の中に、たったひとりというのが引っかかる。これも好奇心の影響なのだろうか、とそのとき思った。

 しかも、僕が一番最年少のようだった。彼女は僕より歳上だが、大差ない年齢だ。僕らは、何度となく話しているうちに親しくなった。

 訊いてみると彼女には、ここにきた深い事情があるようだった。


 数ヶ月が過ぎたある朝。

 朝食の後、全身黒スーツの男に指定された部屋へと行くように指示される。

 室内には個々に席があり、ネームプレートと応募コードの表示がある。それぞれに名前のある席につけ、ということらしい。合格者たちは有無も言わず、自分の名前のある席へと座った。

 しばらくして黒スーツに身を包んだ三十代の女性が現れた。

「どうぞ、皆さん楽に聞いてください。早速ですが、これから最終的な試験を受けて頂きます。これにあなた方がかどうかで、本来の仕事に入れるかどうかが決まってきます。よろしいですか?」


 、という言葉が、妙に気になった。

 知奈美さんとアミューズメント施設を歩いている時だった。彼女は、無理やりにVRゲームを飽きるほど勧めてくるのだ。日頃から慣れていたこともあり、僕は【3D酔い】というのを今までにした経験がなかった。ゲームはつまらないわけではなかったが、彼女は、色々なVRにちなんだものを100回以上勧めてくることもあったのだ。


『スゴイッ!! こんなのになんて、スゴイじゃん!! 私なんて10回挑戦すると気持ち悪くなってしまうことがほとんどなのに……』


 さすがに普通の慣れていない人なら、50回以上でも耐えられるレベルではない。少し彼女の普通さがうかがえた。だが、それにも理由があることがあとでわかった。




 彼女に見惚みとれていた僕が、彼女も答えるように笑みを浮かべる。少し傾けた顔は、モデルのような美少女にみえた。

 疑問に思うことを女試験官に訊いてみた。

「あの……」

「はい、何でしょうか? 戸岐原さん」

「ここに来てから、数ヶ月間過ごすように指示されましたけど、企業側の目的は何なのですか? 参加する前に宣誓書、規約書、極秘事項書などとかなりの署名をしましたが、いったいどんな臨床試験なのでしょうか?」

 率直に質問した。他の合格者たちも頷きを見せ、ここにいる誰もが疑問に思っていたようだった。しかし、知奈美さんだけは真剣な眼差しがあった。まるで、すべてを見透かしている顔つきだ。



 女試験官の答えは、業務上の言葉で顔色をほとんど変えることなく淡々と語りはじめた。

「皆さんは、外界と隔離されて数ヶ月間過ごしたと思います。ここでは、私たち独自のルールに馴染んでいただくために、普通に過ごしていく中で、個々のをテストさせて頂きました。それだけお仕事が非常にデリケートなのです」


 性格のテストだって?! ……


 すべてモニター監視されていたのか、と僕は心の中で驚愕していた。確かにうますぎる話だったのだ。娯楽施設の使用や宿舎での生活が使いたい放題だったからだ。

 一同は納得したように沈黙していた。女試験官は、すました顔で僕ら被験者候補生をながめていた。


つづく

 

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