廃坑の町

@sik21

第1話

 フォドに両腕を捧げて早六年経つ。暗雲漂うノーヴィルシティーの第四地区。その一番街の歩道を、暗い顔つきで歩いていた。鼠色の空が広がる。


頭の中では白色の煌めきが思い浮かぶ。それに付随するよう、両腕が黒くなり鋼鉄に変わっていく。しかし痛くはない。そうして気づけば肩から下は聞か腕に変わっていた。


衝撃だった、誇りだった。だがそれは塵となって消えていった。そして今では塵カスで出来たようなジャンパーを羽織り、またその残りで作られたかのような手袋で両手を覆っていた。


 人々が歩道を闊歩する。左側にはコンクリートの壁面できたカフェ、昔馴染みだがそれでいて新しい飲食店等。それらが間隔を空け立ち並ぶ。煌びやかな光が店内から漏れ出していた。黒のジャンパーが反射し光沢感を増してく。


僕は当たりを見渡し確認する。紺のジャンパーを着た者は見当たらない。他の人々は僕を目視せず歩いていた。


僕は左腕を少し動かす。モーター音が小さく鳴り響く。まるで小鳥の囀りのように。今日も動いていると僕は少し嬉しかった。そして先へ進む。


その途中、建物の間へ目を凝らす。死体の影が見えた。しかし足だけしか見えない。男性か女性かは分からない。僕は微かにそれを見る。しかし人の流れに逆らえず、先へ進んで行った。


少し進んだ先には広場があった。僕は広場前の交差点を渡る。そこはそこからでも入れた。僕は突き進んで、そして中へ入って行った。


ノーヴィル第四広場付近と書いてある看板が立っていた。しかし文字はかすれ、詳しくないと何が書いてあるか分からない。


 僕は歩きながら、周りを見渡す。まず見えたものは、カシワの木取り囲むようにして置かれた椅子だ。それが中央、左奥、右奥に設置されてる。しかし座れる所はなかった。手前は皴の寄ったスーツを着た男性や、穴の開いた古着を着たおじさん、縮れ毛が目立つ赤髪長髪のお姉さん。その他諸々、異国情緒が感じられた。


その光景を、地べたに腰を下ろす五人の老若男女が指をくわえて見つめていた。


 僕は紺ジャンパーの者がいると思ったが、期待外れだった。まっすぐ進む。道の途中、広場を抜けるまで紳士淑女やホームレスとすれ違う。皆の目は暗かった。そうしている合間、僕は広場を抜けた。目の前の交差点を渡った。そこからさらにまっすぐ進み、右折しようとした。


 だが右折する瞬間、僕はある物を目にする。それは白いひげが生え、穴だらけの皮の上着にズボンを着用したホームレスが、建物の間に吸われる光景だった。僕は何故吸い込まれたのか、だいたい察しがついた。そのまま急いで現場へ向かう。



すると向こう側から来た、見回り警官が僕の脇を通る。まるで見知らぬふりをするかのように。恐らくは見えていた。僕は彼等を横目で見ながら、ホームレスが吸い込まれた路地裏前へと着いた。そこの右側の建物に影に隠れ、中の様子を見る。


 さっきのホームレスがいた。それに目的の紺のジャンパーを羽織る人物がいた。それも二人。一人はがたいが良く、ホームレスの胸ぐらを掴んでいる。もう一人の男は少しやせ細っており、彼らの取っ組み合いをニヤニヤとしながら眺めていた。


 目的の人物だと、僕は瞳孔を開かせる。するとその時、がたいの良い男が一発、ホームレスの左頬に拳を当てた。ものすごい勢いで。恐らくこれを後二、三発喰らえば間違えなく頬骨が粉々になる位に。


ホームレスは涙声になりりながら、何かを話す。しかし何を言っているかは聞き取れなかった。その一方やせ細った男は胸ポケットから手錠を取り出した。


 僕はこうしてはいられないと、すぐさま彼らに近づく。このまま放置すると大変なことになる。コンクリートを踏む音が路地裏を響かせる。


男達はこちらを振り向く。「何者だ。」やせ細った男は大柄な態度をとる。「ほぉ、貴様は。我らフォドに立てつくと言う愚か者か。」ガタイの良い男は、自らの出自が誇り高い物だと言う風にそう話す。


「やはり知られていたか…。しかし元々、僕もそこにいたから仕方が無い。」僕は小声で呟く。恐らく彼らに聞き取れないほどに。そして僕は歩く速度を上げた。


やせ細った男は黄土色のズボンのポケットから、一本の折り畳みナイフを取り出す。その後、刃先を手際よく出しそれを僕に向ける。すると突然、男は勢いよく走り出した。ナイフの刃先が刻一刻と向かってくる。


僕はそれでも早歩きを止めない。そしてやせ細った男が僕にぶつかる瞬間、ナイフを懐へ刺した。しかし僕は白刃どりかの如く、ナイフの刃先を左手で掴む。それは力強く。そのおかげで懐に刺されることは何とか避けれた。だが反応が遅かったのか、葉の先端が横腹に当たった。


男は拍子抜けた態度を見せる。何故ナイフを受け止められるのか。どうして数分も掴んでられるのか。一方ガタイの良い男は深く感心した様子を見せる。「ほぉ、やるじゃないか。」


僕は目線をガタイの良い男に向ける。その直後、ナイフの掴んでいた手を離し、握りしめる。それをやせ細った男の腹目掛け殴った。男はまるで鋼鉄の塊が当たったかのように、腹が凹みそのまま倒れこむ。


 がたいの良い男はホームレスから手を離し、こちらをより見つめる。ホームレスは尻餅をつき、その場で固まってしまった。


「お前、やはりなかなかいい腕だ。我々の仲間に入らないか?俺が手を打ってやるよ。」「すまないがお断りだ。あんな物騒な組織には入りたくはない。」僕は彼の告白を拒絶した。「そうか。それじゃ、貴様はこの男と共に施設へ連行してやろう。真人間になれる。」男は生き生きと話す。


僕は馬鹿馬鹿しいと思いながら、両手の皮手袋を取る。そこから黒い鉄の腕が姿を現した。それはガンメタルの如く、暗い路地裏で光り輝く。


男はそれを見た時、大きな右手をだらんと落とす。まるで力が抜けたかのように。そのまま男は両目を閉じたり、開いたりを繰り返した。動揺していた。しかしその動揺を消そうと、顔を左右に振った。


「はぁ。お前さん、黒い手をしてやがる。どうしたんだい?その手は…。」「五年前、ある人にこの手、いや腕をくれたんだ。それから大切に扱っている。でも、左

右の方は壊れてしまったが…。」「そうか…。大切な、人から、もらったんだな。」男は片言になる。


「さぁ、やろうじゃないか。殴り合いを。」僕は男に対し挑発する。「あぁ、あぁ。」男は苦笑いをしながら頷く。両者、冷たい汗を喉元にたらす。すると男が突如、走ってくる。慌てていた。動揺が完全に消え去っていなかった。


僕は左拳に力を入れる。モーターの摩擦が響きわたった。その音が大きくなっていく。男が間近まで迫った。しかしがむしゃらで、前が見えていない様子だった。


その隙を衝き、僕はやせ細った男と同じように横腹に一撃を加えた。男は崩れるようにその場で倒れこむ。しかし気を失わせない。


僕は倒れかける男の首元を左腕で抑えた。「突然だが、聞きたいことがある。お前の部隊長は誰だ?そして何処にいる何故、このような行動をまた再開した?」「そんなこと…、言えるか…。」男の声が掠れていく。


「言うんだ。さもないとより苦しめさせるぞ。」僕は声を低くさせ、彼を脅す。それに付随するかのように少しだけ力を強める。


「うぐっ、分かった。分かったよ。俺達の分隊長はハイド・フィジーだ。でも居場所は詳しくは知らない。いや、正確には古本屋にあるとは聞いた。しかし入ったことはない。だって俺は下っ端の下っ端だ。それに今やっていることも、隊長からの命令だ。それ以外は知らない。」彼は必死に叫ぶ。


「ハイド?なるほど、あいつか。」僕はそれを聞くと彼を離す。もう彼からはこれ以上聞き出せない。それに古本屋なら見当がつく。


男はやせ細った男の隣に倒れこみ、息を上げた。僕は彼らを見ながら手袋をはめる。その後、ホームレスの男を見る。「大丈夫か?」と、僕は声を掛けた。


 しかし男は恐怖心から体を震わせ、言葉も出てこない様子。だが思考がまとまったのか、ホームレスの口が開いた。「おっ、お前も私を。私を殺すのか…。」どもりながらそう話す。そしてすぐさま立ち上がり、彼は全速力でこの場から逃げ出した。


僕はただ黙って見つめるしかなかった。「…。仕方が無いのかも知れない。」そう呟いた後、立ちあがって歩き出す。その時、ガタイの良い男があることを呟いた。


「お前、もしかして、あの裏切り者か…。聞いたことがある。だから腕が鋼鉄だったのか…。」男はまるで死ぬ間際に、全ての真実を知ったような様子を見せた。そしてそのまま目を閉じた。


僕は黙る。沈黙が辺りを包み込んだ。しかしそれは僕の足音で壊す。そのまま路地裏を出た。鼠色の雲が疎らに分割され、そこから黄金色の光が漏れ出していた。


 僕は空を見上げる。「フォドも遂に暗い巣穴から現れだしたか…。これからは忙しくなる。」と呟いた後、顔を下げる。目の前を見る。そして歩き出した。




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