お盆になったら死んだ幼馴染が帰ってくる話
平賀学
お盆になったら死んだ幼馴染が帰ってくる話
ぺたぺた。濡れた足音が近づいてくる。それは僕の部屋の扉の前で止まった。
「開いてるよ」
僕が声を掛けると、扉が軋みながら開いた。
「ばあ」
恭子がいたずらっぽい笑みを浮かべながら顔を覗かせた。ざっくり切ったショートヘアは濡れて、ところどころ束になり、先から水滴が滴っている。飾り気のない服もぐっしょり濡れて、足元に水が溜まっている。いや、海水だ。
毎年お盆になると、こうして死んだ幼馴染が帰ってくる。
「おばさんすっかり痩せちゃったね」
「太りすぎてたからいいんだよ」
「この親不孝者」
恭子は扇風機の前で涼みながら言った。明かりもつけてないし、窓には分厚いカーテンを掛けているから、部屋の中は薄暗い。僕はいつものようにパソコンの前に座っている。五年前から学校にも行ってないし、部屋からもほとんど出ない。
「掃除してる? してないよね。日の光いれなよ。セロトニンが出るんだよ」
「いいんだよ、明るいとパソコンの画面見えなくなるから」
「目、また悪くなるよ。去年より眼鏡厚くなった?」
恭子は膝立ちになって、僕の方に手を伸ばしてきた。僕の、野暮ったい黒眼鏡のつるにさわる。一緒にふれられた耳にひんやりとした冷たさを感じた。この指先には熱がない。
「前髪も切りなよ、うっとうしい。あとコンタクトに変えたら彼女できるかもね」
「うるさいな」
彼女なんて作る気はない、僕は他人と関わる資格がない。
「やましいんだ」
見透かしたようにささやく声は水っぽく、艶があった。僕は息を呑んだ。
「そうだね。和也だけ恋人作って、その人と幸せになんてなれないよね」
瞳孔の開ききった、濁った瞳が僕を見ている。冷たい両手でほおを包まれる。生臭い臭いがする。潮の臭いと、何かが腐った臭い。
「私のこと見捨てたくせに」
濡れた手のひらがそのまま首筋にぬるぬると滑っていく。
「ひとりだけ帰ったくせに」
手は首で止まる。ぐうと力がこもる。首を絞められて息が詰まる。僕は喘ぐ。臭いは強くなって、目の前の恭子の顔がぼこぼこと膨らんでいく。好きだった黒いショートヘアが抜け落ちていく。
「そこでひとりはさみしいよお」
くぐもった声。ぶよぶよの手が首を締め上げ続ける。もう恭子の表情はわからない、判別できない。あの日と一緒だ。大人に止められた。でも僕は見なくちゃいけなかったんだ。
「じゃあ僕を、連れってて、くれよぉ」
喘ぎながら懇願したところで、きーんと耳鳴りがした。
気が付くと開いた窓から潮風が吹き込んで、カーテンをばさばさと揺らしていた。僕はベッドの上でのびていた。
緩慢に首をさわる。違和感がある。ずっと、タオルで絞めていたから。
お盆になると死んだ幼馴染が帰ってくる。僕は彼女に連れていかれるのを待っている。
お盆になったら死んだ幼馴染が帰ってくる話 平賀学 @kabitamago
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