育てて食べる話

平賀学

育てて食べる話

 ブローカーの口車に乗せられて子どもを育てることになった。おれたちの口に運ばれるのはたいてい金持ちどもの食い残しで、おれはそれでも文句を持ったことはないが、あいつらが食ってる肉はとにかくうまいらしい。舌がとろけちまうそうだ。残飯を処理しているときにそいつがいかに素晴らしいかを語るもんだから、そんなうめえならおれも食ってみてえな、とついこぼしてしまった。そこからあれよあれよという間に、売れ残りの子どもひとりを格安だとかいって押し付けられた。


 一週間もたたないうちに後悔した。いい味にするにはいいもんを食わせる必要があるらしく、それは野菜だとか木の実だとか、あと金持ちは砂糖や香辛料も食わせるというが、ふざけんな、おれ一人食ってくのにもやっとなのにそんなもの揃えられるか。せいぜい肉の量だけでも落とさないための食事を用意するのがやっとだった。これならこいつにかかる金でいつものくず肉を買った方がもっとたらふく食える。

 おれは頭が悪いがずいぶん損な買い物をさせられたことを理解した。だからブローカーに文句を言いに行ったら、あいつ仕事でヘマやって自分が食われちまったらしい。ばかだな。


 しょうがないので自分で解体して食べることにした。しかし俺の膝よりちょっと上にある頭が見上げてくるのを見ながら、ブローカーの言葉を思い出した。やわっけえ女の尻の肉はシチューにすると最高にうまい。おれは、どうせ食べるならもう少しでかくなってからにしようと思い直した。この先の人生で女の尻の肉を食えることは、きっとこの一度きりだからだ。おれは我慢のきくほうだった。


 それから前よりあくせく働いた。前だって食うために仕事をしていたが、今はがんばればがんばるほどいつかいい肉にありつけるという目標がある。人が嫌がる疲れるばかりで実入りの少ない仕事でも率先してやった。お前なんだってそんな急にやる気を出したんだと周りは不思議がった。夢があると人はがんばれるってのはばかな話だと思ってたが本当だったんだな。


 子どもはすくすくとはいかないがゴミ漁りをしている物乞いよりはマシに育った。程よく筋肉がついていたほうがいいらしいから、家の外にも連れ出した。物珍しそうに近づいてくるガキどもは追い払った。おれの肉に傷でもつけられたらたまったものじゃない。


 子どもは家の仕事を覚えて、手伝うようになった。言葉を覚えないので会話はできないのだが、簡単なことなら見よう見まねでやった。仕事といっても埃を掃き出したり洗濯をするくらいだが、汗みずくになって帰って部屋の埃で咳き込んで眠れなくなることがなくなったのはよかった。おかげで仕事にも張りが出て、子どもに食わせられるものが増えた。


 上の覚えもよくなって、危なくて儲かる仕事もたまに任せられるようになった。もしかしたら砂糖も買えるようになるかもしれないな。


 おれは子どもの甲高い悲鳴を聞いてドアをぶち破った。子どもが、同僚の男たちに押さえつけられていた。その中に前に娘を紹介しろと言ってきたやつがいた。そいつは薄っぺらいナイフを持って驚いた顔でこっちを見ていた。

 ふざけるな、そいつはおれのもんだ! おれは突進してとにかくむちゃくちゃに暴れた。投げ飛ばしたり、顎を殴ったり、金玉を蹴ったり、蹴り返されたり、腕を刺されたりした。頭に来ていたから、おれは殴ってきた腕のひとつに嚙みついた。噛みついて、殴られても離さず、じゅわじゅわ口の中に血があふれてきたところで後ろから思い切り何かで殴られた。ベコッと音がしておれは口を離した。


 床に倒れるとばたばたと足音が離れていった。くそ、なんとか追い払えたがあいつらきっとまた来やがる。ねぐらを変えねえと。おれの肉を汚されてたまるか。

 子どもが近寄ってきた。おれは頭を持ち上げようとしたが動かず、視界には子どもの膝しか入らなかった。

 子どもがおれの手を取る。あたたかい。そういやこいつが来てから冬も凍えずに済んだっけな。

 目がよく見えなくなっていく。くそ。くそが。あと少しで食べごろだったんだ。


「お前の尻の肉を食いたい」


 うめいたが子どもは簡単な言葉でないとわからないのだ。きっと伝わってないだろう。握られた手に水滴が落ちたのを感じた。

 そういや初めて食ったのはハエのたかる母親の腕だった。

 最後に食べたのが筋張った男の腕なのはいやだな。とろけるような尻の肉のシチューが食べたいんだ。そのままおれの意識はとろけていった。

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