ストーカー殺人事件 — 田遅添夫

筑駒文藝部

ストーカー殺人事件

 人ているには誰しも欲しい物があるだろう、それは金かもしれないし、権力かもしれない。それが私にとっては二つの目だっただけだ。もう我慢できない、早くそれらを手に入れなければ。


 私と小柳は同じ探偵社で働いているが、それぞれがこなしている仕事は大きく異なる。私は浮気調査や人探しなどの一般的な探偵が行う仕事をこなしのに対し、小柳は物語の中の探偵が行うような刑事事件に首を突っ込んでは犯人を指名するというおよそ非現実的なことをしている。社長は社の名前が売れるからと言って許しているが、おそらく事件の話が聞きたいだけだろうと睨んでいる。故に私が担当していた依頼人が殺害された今、現場についてくるというのは自然なことであると言えなくもない。しかし、人の車の中で酒を飲み、あまつさえ運転手に勧めてくるようなことは決して自然ではないだろう。一見酔ってしているように見えるが、実のところ小柳は酒豪で全く酔っていないのだからさらに始末が悪い。

「なあ福原、まだ着かないのか?」

「もうすぐ着くから少しくらいは待てよ。それにさっきからお前は酒を飲んでいるだけじゃないか」

「うるさいな、これから俺たちは死体と対面するんだぜ。ほろ酔いくらいがちょうどいいや」

「そんなこと言うなよ。その遺体は俺の依頼人なんだぞ。こんなことになるならもっと真剣に気をつけるように言っときゃよかったよ」

「ストーカーだったっけか。」

「そうだよ、彼女は先月の初めくらいから誰かに見られているように感じたらしくてな、先月の終わりに依頼に来たんだ。それで調べてみたら彼目女の近くを付かず離れずうろうろしている不審な男がいたんだ。犯人もきっとやつに違いないよ。くそっ」

「彼女の周りには護ってくれるような人はいなかったのか?」

「ああ、両親が遠くに住んでいて相談できる人もいなかったからうちに来たんだ」

「そうか、残念だったな。おっ、ちょうど着いたみたいだぜ」

 私と小柳は非常線の近くで車を止めて小柳は近くの警察官に城山警部を呼んでもらうように頼んだ。小柳が言うには警部が担当して事件を何度か解決したらしく、私も小柳の話に何度か出て来たので名前は知っていた。彼なら顔パスで現場に入れてくれるらしい。

「でもなんで城山警部がいるとわかったんだ?」

「ああ、あそこに見える変わった禿頭が城山さんなんだ、あんな変わった禿頭が何人もいるわけないだろう」

 すると、確かに変わった禿頭の中肉中背の男性が近寄ってきて出会い頭に小柳の頭をはたいたのである。

「なんでお前がここにいるんだ! 早く出て行け!」

 全然顔パスではなかったようだ。

「痛いなあ、なんで怒ってるんですか。僕はただいつも通りの仕事をしにきただけですよ」

「そんないつもをワシは知らん、それにこの事件は若干不可解な点はあるが、犯人はもうほぼわかっとるんだ」

「それはひょっとすると被害者のことをストーキングしていた男なのではないですか?」

「君はなんだね、小柳の助手か何かか?それになぜそのことを知ってる?」

 小柳の助手とは随分な言いようである。刑事は人を見る目があるというがそれは誤りなのだろうか。

「いえ、彼は僕の同僚で被害者からストーカー被害の依頼を受けていた福原くんです。僕は助手なんて足手まといになりそうなものはとりませんよ」

 我が社は不景気の影響で助手など欲しくても取れないのである。

「ほう、こりゃお前もたまには役に立つじゃないか。福原君だったかな、被害者が探偵を雇っていたことは知ってたんだ。ついてきたまえ、被害者についていくつか聞きたいことがある。被害者には身寄りもないし近所付き合いもするタイプではなかったらしくてな。君はこの家にも来たことがあるのだろう?」

「ええ、一度中間報告でお邪魔させていただきましたよ。」

「何か変わっていることなどが有れば言ってくれたまえ、大家にも話を聞いたんだが、一年近く入ってないらしくてイマイチ分からないんだよ。小柳も今回は特別に現場を見せてやろう」

 かくして私たちは現場見学が許されたわけだが、遺体は台所に転がっていた。腹部に果物ナイフが突き立てられ、そのあたりが赤く染まっている。しかし、なによりも目を引いたのは遺体から眼球が抉り取られているということである。

「これは……ひどいですね」

「んなこたあ言われなくともわかっとる。死亡推定時刻は昨夜七時ごろ、今朝遠方に住んでいる両親がいくら電話しても出ないと通報してきて発見されたんだ。その目は何かの道具を使ってくり抜かれたようだ」

「庭の足跡はあれだけしかないのですか?」

 ふと目を向けると、庭に足跡が残っているのが見えた。足跡は家の外と台所を往復したのちに台所へ戻ってそこで終わっている。

「玄関のドアは鍵が開いていましたか?」

「いや、警察がきた時は閉まっとったよ。大家を呼んで開けてもらった。窓も同じだ。鍵も玄関の鍵入れに入ってた一つだけらしい。でも庭につながるドアは来た時から開いとったように思うがな。」

 そう、この足跡は本来あってはならないものだったのだ。庭から侵入したであろう犯人は脱出できないことになってしまうのだ。

「家に誰か隠れているなんてことはありませんよね」

「そんなことあるわけないだろう、来てすぐにこの家全体を隈なく調べたわ、お前らが期待しとるであろう地下室やら秘密の通路やらもないぞ。」

 普通の一軒家にそんな物があるはずがないだろう。それに小柳と同じ扱いを受けるとは。

「すると、この家は密室ということになりますね。」

「おいおい、そう断定するのは早いだろうよ。例えば靴を逆向きに履いて庭の足跡を逆に通ったとかはどうだ。」

「あり得ませんね、そしたら靴のつま先側に体重がかかり、足跡はつま先側が深く沈むはずです。

 しかし、この足跡はつま先側と踵側で深さが変わらない、故にその仮説は却下できます。」

「お、おい小柳それは一体どういうことだ。そしたらストーカー野郎はどうやって出ていったというんだ。」

「うるさいですね、だからこの事件の最大の謎はこれだと言っているでしょう。」

「メモのことはどうでもいいみたいな口振りだな。」

「当たり前だ、あんなものは謎とも呼べないよ。」

 そう言うと小柳は何か真剣に考え始めた。

「福原君よ、こいつは当分刺激しない方がいい。いつもこうだよ、いきなり黙り込んではテコでも動かなくなるんだ。ところで君が調べたストーカー野郎の情報を教えてくれんかね、依頼人はもうこの世にゃいないんだ、守秘義務も何もないだろう。」

「そうですね、私が調べた限りではそのストーカーは身長 170 cmくらいの3、40代の男で基本的には灰色か黒色のフード付きの服を着て顔を隠していましたね。彼女が退社してから家に帰るまでずっと尾けているところを私自身目撃しています。」

「その男は確実に被害者を狙っているのか?」

「ええ、彼女には何回か帰る道を変えてもらいましたが全て奴がついてきていましたね。」

「わかった、ありがとうよ。」

 すると壁にもたれて動かなかった小柳がいきなり動き出し、喋り始めた。手際を拝見といこう。

「この事件の真相が分かりましたよ。犯人はまだこの家にいるんです。」

「おい小柳、警察舐めるのもいい加減にしろよ、来てすぐに誰もいないことを確認したと言っとるだろうが。公権力の偉大さを身をもって教えてやろうか?」

「違うんですよ城山さん、少し黙って聞いていてください。

 この事件の最大の謎は先ほども言ったよう復路が足りない足跡です。一見難解に見えますが、消去法を使って考えると、この謎の答えは単純です。出ていく時は玄関から出て行けばいい。そして、それができる人間はたった一人、この家の大家ですよ。警察が到着した時も鍵を開けたのは大家さんなんでしょう? 彼か彼女か分かりませんがここからは彼とします。彼はおそらく犯行の前に福原と被害者の会話を聞き、ストーカーに罪をなすりつけようと思ったのでしょう。そして庭から家に入って被害者を殺害したのちに何かを取りに戻った、多分それは目をくり抜くための道具でしょう。それから再び庭を通って現場に戻り、目をくり抜いたうえで玄関から出ていったのでしょう」

「じゃあなんで彼は庭から出なかったんだ?」

「ストーカー君がいたことに気づいたからだろうな。彼女が殺されたのは帰宅直後だろ? つまりストーカー君だって近くにいたって不自然ではないだろう。殺害の現場を目撃されたと思った大家は少しでもこの事件を複雑にするために玄関から出て行ったのさ、もしかしたらパニックになって何も考えられなかっただけかもしれないが」

「おい小柳、俺たちは大家をしょっぴけばいいってことなんだな?あとはこっちでやるからお前らは帰れ。」

「誤認逮捕しかけた人間の言葉とは思えませんがまあいいでしょう。福原君、帰ろう。」

「構わないよ、車の中で話したいことがあるんだ」

 車に乗ってしばらくして、私は小柳にこう言った。

「随分と名推理だったじゃないか、ストーカー君。だがあの推理は本当なのか? 本当はお前が殺したんじゃないのか?」

「何を言っているのかわからないな、それに玄関から出て行ったと考えない限り足跡の謎は解けないぞ。それにどうして僕がストーカーになるんだ?」

「俺はお前と違って推理とかはできないからな、普通に尾行したんだよ。そうか、確かに殺したのは大家なんだろうけど目をくり抜いたのはお前だろう、別にそれでも矛盾はない。それで目はどこにやったんだ?」

 小柳は何も答えなかった。

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